第1363冊目 総理への宿命 小泉進次郎 (一般書) [単行本] 大下英治 (著)



進次郎の演説は、聞けば聞くほど理路整然としており、どんな相手でも納得させる説得力、説得性は「凄い」の一言だった。


人前で話をする時は、あらかじめことを準備しておく場合もあるが、その場でパッとリアクションをすることも多い。たとえ予想外の質問を受けた場合であっても、進次郎は決して失言をせず、逆に質問者が「オオッ!」と感心するような見事な受け答えをする。


進次郎の話し方は抑揚があって間のとり方がうまく、センテンスがはっきしりていた。だから聞き取りやすく、内容もすんなり入って集中しやすい。これはある種の催眠術と言ってもよかった。


やはり、小気味よいワンフレーズで人気を博した小泉純一郎元首相の話し方とよく似ている。中山が特にそう感じたのは、進次郎が選挙応援演説に立った時だった。


「わたしは独身ですので、よく『嫁を取りに来たのか』と言われるんです」


その言葉に、聴衆が一斉に笑った。


進次郎が続けた。


「でも嫁取りに来たんじゃないんです。今日は○○さんのために票を取りに来ました!」


話の持っていき方のうまさに、聴衆は大盛り上がりだった。


中山は、進次郎の演説を聴いて思った。


これは小泉総理が、原田憲治さんの応援演説をした時と同じ手法だ


平成十八年十月、現職議員の死去にともない大阪九区で衆議院補欠選挙がおこなわれることになった。原田憲治自民党公認公明党推薦で出馬し、民主党公認候補の大谷信盛と戦うことになった。


原田の応援演説に立った小泉純一郎は、任期満了で内閣総理大臣を退任したばかりだった。壇上に立った小泉元首相が言った。


「総理官邸でちょっと疲れたなと思って横になってた。天井をぼんやり見ていたら、せがれが来て『お父さん、疲れているのか。じゃあこれでも読め』と本をくれた。何の本だろうと思って見たら、なんと綾小路きみまろの本だった」


聴衆がここでワーッと笑った。中山は小泉元首相の話を、舞台の袖で聞いていた。小泉は続けた。


「パッと開いたら、まず字が大きい」


聴衆が再び笑った。


「字が大きいから読みやすかった。そこに、きみまろの好きなものが書いてあった。『ごちそうさま、ありがとう、いただきます』これはわたしも好きなんですよ。だからみさなん、今日はいただきました。原田憲治さんに、みなさんの一票をいただきに来たんです!」


聴取がウォーッという歓声が上がった。綾小路きみまろの本から選挙応援の話に持って行く話術の鮮やかさに、みんなが感心したのだ。


人々はよく「親子だから演説も似る」と言う。が、中山は経験上、それだけではないことを知っていた。


血は争えないという考えは、二〇%当たっている。けれど残りの八〇%は、実際に親父との接触時間が長いから自然と似てくるんだな


進次郎は、アメリカから帰国後い小泉元首相の私設秘書となった。中山も父親の中山正輝に五年間ついて総務庁長官秘書官、建設大臣秘書官を歴任した。


落語家は、血が繋がっいなくても師匠の話し方に似てくる。政治家の父親と息子の関係は、まさに落語家の師弟関係と同じだった。


とはいえ、父親の小泉純一郎元首相が、息子の行動にいちいち口をはさんでいるとは思えなかった。逆に、進次郎本人が父を最大の師匠だと見て吸収しようとしているのではないか。少なくとも分からないことは質問しているはずだった。


中山もまた、父親の中山正輝に分からないことはよく聞いていた。インターネットで調べるよりも、政治の世界で生きてきた父親に聞いたほうが早くて的確だし、裏の事情もよく知っている。まさに父と息子は師弟関係にあった。


が、用事がない限り、父親のほうから中山を訪ねてくることはなかった。おそらく小泉元首相も同じだろう。