第1362冊目 総理への宿命 小泉進次郎 (一般書) [単行本] 大下英治 (著)



進次郎には、息を抜く暇もない。熊谷と、選挙戦や視察にまわっているときには車中で仮眠をとっているのを目にする。勉強家でもある。視察の移動中、それまで話していたのが静かになったかと思うと、新聞に目を通している。日本経済新聞からスポーツ紙までくまなく、隅から隅まで読む。


進次郎は、落語をよく聴いている。熊谷もそのことを進次郎本人の口から聞いたことはある。だが、どの噺家がひいきで、どの作品が好みなのかまでは聞いたことがない。


このところの進次郎は、とみに聴衆にむかって話すときには、ダジャレをひんぱんにつかうようになってきた。


福島県の只見川にTEAM-11で視察したときのことである。聴衆にむかって叫んだ。


「わつぃは、只見に、ただ見に来たわけではありません」


それを、一回の演説に一回言えば、心をつかむ。しかし、何度もつかう。オヤジ的な一面もある。


マスコミ対応もそつがない。なかには、わざと怒らせよう、怒った表情をカメラにおさめてやろうとする者もいる。言葉で攻めるだけでなく、まわりが取り囲んでいるのをいいことに、わざとこづいたりもする。それでも進次郎は、怒らない。それどころか、気づかいを忘れない。以前におとずれた被災地で、視察用のバスに、随行してきたマスコミがすべて乗れる座席があるようならば、すべてバスに乗せた。どこでも公平に、そして細やかに対応する。その姿勢、接し方は、年上ながら熊谷は見習っている。







二月二十日、小泉進次郎衆院予算委員会で質問に立った。


与党になったから初めて質問に立つことになった進次郎に与えられた時間は、五十分。このときから、進次郎は質問スタイルをガラッと変えたことに気づいた人はどれだけいただろう。


最近の質疑では、質問者がパネルを多用するようになっている。進次郎も、当初はパネルを使っていたが、以後、一切パネルを使用しないことにしたのである。


進次郎は、その理由をこう言ったという。


「国会の質疑の模様は、テレビだけで報道されているわけではない。ラジオで聞いている人もいます。だから、ラジオで聞いている人たちにも、十分伝わるように、はっきりと言わなければならない。あと、もう一つがパネル。テレビを見ている人の中には、目が不自由な人もいる。その人たちはパネルを見ることができない。当然、ラジオを聞いている人たちもパネルを見ることができない。パネルを使った質疑は、そういう方たちに対して失礼です。だから、そういう方たちのことを省いた質疑より、どんな人にもわかってもらえるように、わかりやすく説明し、言っていることが理解してもらえる方法に切り替えたんです」


このことを知った小泉進次郎後援会幹部は、頭が下がった。


大したもんだな……







進次郎は勉強家だった。英語の語学レベルがすば抜けているのも、学生時代から外交に英語は欠かせないと判断していたからであろう。


また進次郎はたいへんな読書家である。中川が何を読んでいるのかと尋ねた時、進次郎は「立川談志さんの本を読んでいる」と言っていた。


進次郎は身体も鍛えている。安易に外には出られないため家の中にランニングマシーンを入れて走り込んでいるという。


中川は思った。


自分をどう育てていけばいいのか、そうしたアンテナを張る力もすごい


非の打ち所がない進次郎のことを妬む者も多い。中川の耳にも、そうした噂話がちょこちょこと入ってくる。が、現段階では、それが深刻なトラブルを生むというほどではなかった。


中川は思っている。


進次郎さんは、自ら感じたものを、自らの言葉で語れる政治家だ


父親の小泉純一郎も、また同様だった。進次郎は、父親の研ぎ澄まされた感性や表現力を踏襲していた。むしろ、発言のうまさは父親以上である。


経団連御手洗冨士夫名誉会長が、中川に言ったことがある。


小泉純一郎は、ある時を境に化けた。だけど、進次郎は最初から化けている」


中川は思った。


「そのとおりですね」


進次郎が父親の小泉純一郎元首相と決定的に違うのは、インターネットを駆使することだった。時代が違うため当然といえば当然であったが、進次郎はブログやフェイスブックなど、ネットによる発信を非常に大切にしていた。


小泉進次郎は一般紙とスポーツ紙すべてに目を通すのが日課だった。


中川俊直はその様子を見て、小泉純一郎元首相のことを思い出した。


まだ小泉が首相になる以前、中川が政治記者時代のことである。週末に高輪の議員宿舎を訪れると、一階ロビーでスエット上下の小泉純一郎が新聞をむさぼるように読んでいた。その姿と、進次郎の姿が重なって見えた。


進次郎がスポーツ紙も読むのは、野球好きのせいもあるだろう。平成二十五年の夏には、「楽天が神がかっている」と言っていた。


進次郎は言った。


「ぼくは、何を質問されても失言なくパッと答えられる政治家になりたい」


進次郎はそのためにしっかりと勉強をし、映画を観。本を読む。実際、進次郎の受け答えは打てば響くようであり、明瞭でユーモアもあり、そして失言がない。とっさの受け答えにおいても失言がないというのは、凄いことである。誰にでもできる芸当ではなかった。