第1140冊目  武器としての交渉思考 (星海社新書) [新書]瀧本 哲史 (著)


武器としての交渉思考 (星海社新書)

武器としての交渉思考 (星海社新書)


どんなに気まずくても、沈黙に耐えろ


この時間の最後に、交渉時の交渉について、とくに大事なものを2つだけお伝えしたいと思います。


1つ目は、「沈黙に耐える」ということです。


さきほどのローププレイでは、争点を整理する前に交渉にのぞんだところ、お互いの主張が平行線をたどってしまいました。


マーケティング部役を務めた男性が、販売スタッフ役の女性の「絶対に部下の労働環境を守る!」という梃子でも動かなそうな意志に負けて、あっさりと引き下がってしまい、交渉になりませんでした。


また、交渉をしているうちに両者の条件が譲れないことからヒートアップしてしまい、意見が合わないまま、お互いに気まずくなってしまうことも少なくありません。


すると、その場をとりあえず収まるために「わかりました、じゃあこうしましょう」などと譲歩してしまいがちです。


しかし、そういうときは、気まずくなっても沈黙を守るべきです。


3分でも5分でも、ずっと黙っているよにしてください。


そうするうちに、向こうが気まずくなって「わかりました。じゃあ上司と相談してきます」と折れてくることは少なくありません。


沈黙に耐える、というのはなかなか厳しい努力が必要なのですが、譲歩の引き出し合いを戦っているてきには忍耐が大切です。


相手側が譲歩しようとしているときには、辛抱強く聞き入って、その譲歩によって相手側の利害がどう変化するか、分析することです。そして自分が「譲歩を得ることでどんな利益を得られるか」についても考える。


しかし、その情報を相手に提供する必要はありません。


とにかく相手側の言い分に焦点を当てて、そこに集中することです。


沈黙の逆に、交渉のときに大声で自分の主張を言い募って、相手に言うことを聞かせようとするタイプの人がいますが、それは賢い交渉者とは言えません。


そういう相手は、自分のバトナが低いために、それを隠そうとして威圧的に振る舞っていることがほとんどです。大声で威圧してくるようなタイプの交渉者に当たったら、逆にチャンスと考えて、冷静に相手の利害を見極めるようにしてください。


2つ目の注意点は、「相手が情報を出してこないときは、そのこと自体を利用する」ということです。


交渉では、相手側が意図的に情報を出してこないケースがあります。


中古車のインターネット売買であれば、自分が買う側だったとして、本当に買った車がちゃんと動くか、不安がありますよね、メールで相手側が「この車は間違いなく動くから高く売りたい」と言ってきても、何かしらの問題を隠しているかもしれません。


「動く証拠をくれ」と連絡しても、「いや、本当に大丈夫です」としか言ってこない。


そんなときは、「その条件を飲むかわりに、保証契約をつけてくれ」と提案してみる。


仮に相手が何かを隠していたとしても、いざというときの保険となる新たな条件をつけることで、リスクを回避できるわけです。


相手側が情報を出さないのであれば、その「情報を出さない」ということ自体を交渉の材料にしたほうがいいでしょう。


それを利用して、金融業界では、本来は数百億円の価値があったものを数億円で手に入れたディールが過去にありました。


それは、ハゲタカファンドと呼ばれた投資ファンドリップルウッドによる、日本長期信用銀行(現・新生銀行)の買収です。


これは過去最大級に「お得」なディールだったと、投資業界ではいまも言われています。


リップルウッド日本長期信用銀行の買収提案をした際に、条件として「抱えている不良債権の詳細をすべて明らかにしてほしい」と日本政府にオファーしました。それに対して日本政府は、そんな情報を明かしたら金融不安が広まりかねないと思ったのか、「中身は見せられない」と突っぱねました。


リップルウッドはそれに対してなんと答えたのでしょうか?


彼らは「わかりました。その代わりに安い値段で売却してください。またもうひとつ、われわれが買収した結果、不良債権を抱えている貸出企業がどんどん潰れても、それは情報を聞いていない結果ですから、日本政府が債務を保証してください」という条件を逆提示したのです。


そして、たいへん恐ろしいことに、日本政府はその提案を受けてしまったのです。


その結果、リップルウッドが買収して再生した新生銀行は、たとえ自行の貸出先の会社が潰れても、一定の条件があれば、日本政府が損害を補填してくれることになりました。


そのため、非常に安い値段で買収したにもかかわらず、市場からは「日本政府のお墨付きある銀行」と見なされて、無事に株式をIPO(新規株式公開)することができ、リップルウッドは巨額の株式売却益を得ることができたのです。


この例でもわかるように、交渉相手が情報を出したがらないときでも、そのこと自体を自分たちに有利な方向に持っていけるわけです。


逆に言うと、交渉において情報を意図的に出さない、隠蔽するということは、のちのちに不利な条件を突きつけられる危険性が高まるということになります。