第1077冊目  武器としての交渉思考 (星海社新書) [新書]瀧本 哲史 (著)

武器としての交渉思考 (星海社新書)

武器としての交渉思考 (星海社新書)

自動車のディーラーは「譲歩」をうまく使って車を売る



さて、交渉において、あまりにも相手側とこちら側が考える条件のギャップが大きすぎる場合には、「譲歩」の必要が出てきます。


交渉における譲歩とは、自分の条件の一部を諦める、あるいは、相手にとって得となる別の付加価値をつけることを言います。


そして、譲歩するかどうかを考えるときには、

  1. 無条件の譲歩は絶対にしない
  2. 「相手によっては価値が高いが、自分にとっては価値が低い条件」を譲歩の対象とする


という2点が、大きなポイントとなります。


どれだけ話し合いがまとまらなかったとしても、無条件な譲歩は絶対にしてはいけません。それまでさんざんやり合っていたのに、いきなり「じゃあ条件をぜんぶ変えます」と言ってしまっては、相手側も「いったいこれまでの交渉はなんだったんだ!?」と面子が潰れてしまいます。


ですから、譲歩をするときにも相応の理由が必要です。


譲歩するときは必ず「何々をしてくれたら譲歩します」と条件をつけなければならない。「これだけ自分は損を被るのだから、あなたも何かしらの損を被ってください」と持っていくことです。


そのときのテクニックが「自分にとってはたいして意味がないが、相手にとっては意味がありそうなもの」を譲歩するという手法です。


このテクニックをうまく使っているのが、自動車のディーラーです。


よく自動車を買うときの値引き交渉で、販売店のディーラーが「これ以上の値引きはむずかしいんですが、その代わりにディーラーオプションの付属品をおつけします」などと言ってくることがあります。


買う側にとっては嬉しい話ですが、実際のところ販売店側からすると、それらの付属品はメーカーからタダ同然の値段で仕入れているものなので、いくら顧客にあげても痛くも痒くもないわけです。


だから、彼らは純正の付属品をいくらでもつけてきます。


あるいは、「保険を無料でつけましょう」などといって、物損事故などの保険商品をすすめてくることもあります。


これも、買う側からするとラッキーなように思えますが、じつは裏があります。


保険をつけることによって、いま持っている自動車保険の証書が手に入るので、つぎの切り替え時期がわかります。そのタイミングで高額の自動車保険を売りつけることができるのです。


つまり、安い保険をつけてあげることで、より高額の保険を売るための情報を手に入れることを目的としているのです。


自動車ディーラーの事例のように、すごく譲歩しているように見せてじつは自分はまったく損をしていない、というケースがビジネスではよくあります。


譲歩できる条件がたくさんあるならば、いくつかのオファーを出してみて相手側に選ばせることで、交渉相手が何を重視し、何を手に入れたがっているのか、パズルが解きやすくなるでしょう。


相手側の判断基準を理解するためにも、さまざまな条件付きの譲歩を提示することは有効なのです。


ただし、バンバン譲歩していると、相手に「この人はいくらでも譲歩してくれる人だな」と見なされてしまう危険もあります。そうすると、「いくらでも譲歩してくれるのにここで合意するのはもったいない」と相手が思うようになり、正常な合意がきわめて生まれづらい状況に陥ってしまいます。


なので、こちら側の譲れない条件はきちんと相手にも理解してもらい、「これ以上の譲歩は引き出せない」と思わせることが重要になってきます。