第2739冊目 ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 G.キングスレイ ウォード (著), G.Kingsley Ward (著), 城山 三郎 (翻訳)


ビジネスマンの父より息子への30通の手紙    新潮文庫

ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫

  • 誠実さの代価


もう二、三年この世界で経験を積めば、君は全幅の信頼をおける人がごくわずかしかいないことを知るだろう。したがって、賢い人は多少武装してかかる。他人を信用しなければならない場合には、多少の知識、いわゆる安全装置が必要である。この安全装置はいろいろな形をとることができる。


まず、知らない人については、その背景を探るべきだろう。人はたいてい習慣的な行動をとるので、ゲームのルールを守らない人なら、きっとこれまでにも何度か、人を欺いたり、人の感情を害したりしているだろう。感情が害された人の心のどこかに微かな復讐心が潜んでいるだけでも、この種の情報は記憶に残るものである。商談を進めようと思う相手については、多少時間を投資しても、よく調査をするといい。


第二に、君は常に、サービスを個人的なレベルで売り込むことに努力すべきだろう。顧客に関するかぎり、会社の影の薄い存在である。人は会社を相手に商談を進めるわけではない。君は、個人的に取引きをしているのである。君が常にそういう態度を示せば、顧客は会社ではなく、君を信頼して、契約が無事に履行されることを確信するだろう。もちろん、君の優秀な部下や最高の設備、それに経営方法に相手の注意を惹くこともわるくはない。


第三に、君はこの人生のこの段階では、すべての試みを経験とみなすべきだろう。君はこの契約を逸した埋め合わせを四十年かかってすればいい! その背後のできごとを醒めた眼で調べてみれば、ひとつやふたつ(おろらくもっとさくさん)、君がもう一度同じ状況に出会うことがあれば、違った取り組み方をすることがあるだろう。賢い人は、勝利よりも敗北から多くの教訓を得る。


第四の最も重要な点は、君がこの件で自分の品性を傷つけないですんだことである。君は、自分自身、あるいは会社の信用を危うくしてまで頑張ろうとはしなかった。


わかるだろうが、君にはいわゆる誠実な人格がある。相手にそれがないことは明らかである。そういう人が実業界で長期的に生き残る可能性は、びた一文賭ける気になれない。あの人を騙したかと思うと、この人をおびき寄せるという調子で、そんな人でもしばらくは生き延びるだろうが、実業界は狭い世界である。誠実さを欠く行動の報いはいずれ受けないでいられない。しかし、以前にも言ったように、他人の心配までする必要はない。自分の人格の心配をするように。


誠実な人格の持ち主であるということは、道徳性の高い生活態度が身についている、ということ。つまり、その人の日常がいつもまじめで、正直で、率直ということである。実業界では、そのような特質をそなえることが長期的な成功をもたらす生命力になる。短期的には、顧客に約束した内容の手抜きをして、儲けをふくらませることも難しくない。しかし長期的には、そのような手口は業界で大失敗をする人たちの磁石になる。勝利者たちはそれを疫病のように避ける。最も重要なルールのひとつは、君は真実を語らなかったと、決して人に言われないようにすることである。アユブ・カーンも言っている。「信用は細い糸のようなもので、ひとたび切れると継ぐことは不可能に近い」。