第934冊目  人を10分ひきつける話す力 (だいわ文庫) [文庫]齋藤孝 (著)

人を10分ひきつける話す力 (だいわ文庫)

人を10分ひきつける話す力 (だいわ文庫)

自分の本心を確かめるように話す


鴻上尚史さんが講演で「相手に向かってだけ話そうとするのではなく、自分自身に語りかけるようにして話すという話し方がある」と言っていた。

彼は、相手に向かって話しかけるのではなく、一回話しているテンポを変えて、我に返って自分に話しかける。そのときに笑いが起こることが多いらしい。

相手に話しているときでも、自分に対する意識も当然ある。そのときに自分に対する意識を少し増やして自分に対してつぶやくような感じで話す。自分の本心を確かめる、つまり、話している言葉と自分の本心との距離を確かめるという感じだ。その距離感をはかって話していることが相手に伝わったとき、うまくいくのだろう。

つまり、その人がつねに自分の言いたいことと、今しゃべっている自分言葉とのズレを確認しながら話していることが、聞いている人にわかるわけだ。

この人は今話をすることで、本当に自分の心を伝えようとしているということが、聞き手によくわかるのだ。

この「自分に語りかける話し方」と対照的なのが、話の流れが非人格的な感じがする、いわゆる営業トークだ。たしかに立て板に水のように話すのだが、聞き手には本心がないと感じられる類のものだ。

営業職の人が自分の経験を話しても、聞き手には、本来の自分の感性に蓋をしてしまっているように感じられる。話し手本人に振り返るものがないように感じられるのだ。

だから、単なる営業トークのうまい人の話は鬱陶しく感じれる。

営業トークの中でも肉声的な営業トークをする人がいる。そういう人のほうが相手に言葉が届き、ものも売れるようだ。

それはいくつか理由がある。たとえば、当人自身が自分の言っていることに強い確信を持っている、相手の反応を見て話しができる、相手との共通な基盤を気づけるようなエピソードを持っている、着地点が見えている、などだ。

物を売ろうというのだから、相手はそもそも話し手である自分に疑いを持っている。そういう相手の懐疑心に寄り添って、「〜という疑いを持たれるのはごもっともです。私自身も最初はこうだった……ここまでは信じられるけれども、これ以上は信じられない」ということをきちんと言うと、聞き手は話し手を信じることができる。

そして、聞き手に共感させることができれば、「この人の言うことは信じられる」となって、買ってもらえる。

自分の感覚を交えて話せる人は、営業の場合でも強い。私の知っている人で、誠実な地方出身のセールスマンがいる。その人は、方言を使って、ただ誠実に話しているだけなのだが商品が売れてしまう。

流ちょうな営業トークというイメージとは、正反対の話し方だ。

実際かなりの人たちは、相手の話の嘘くささをかぎ分けることができる。立て板に水のような営業トークには、どうしても嘘臭さを感じてしまう。逆に、誠実に話されると、信頼できる感じがする。

人前で話すときにも、営業トークのように立て板に水のような話し方をするよりも、話し方はうまいとは言えなくても、訥々と自分を振り返りながら、今しゃべっていることと、自分が話したいこととの距離を確かめるように誠実に話すほうがいい。聞き手にはずっと話し手の誠実さを感じさせることができる。