第2105冊目 ユマニチュード入門 本田 美和子 (著), ロゼット マレスコッティ (著), イヴ ジネスト (著)


ユマニチュード入門

ユマニチュード入門


やってみたユマニチュード

わたしたちケアの専門職は、「相手の顔を見ながら話しかけましょう」と習ってきたはずです。ただ、認知機能のレベルに合わせて見方を変えたり、距離を縮めたりといった部分まで習ってこなかったんじゃないかと思います。もし患者さんが壁側を向いてしまっていたら、無理だと思って視線が向いていないほうから声をかけています。しかしユマニチュードでは、ベッドを動かしてまで必ずそこに隙間をつくって、患者さんが向いているところに行きなさいと言われます。目が向いているところへわたしたちが顔をもっていき、そこから「わたしの目を見てください」とお願いするのです。


やってみたユマニチュード

ユマニチュードのテクニックに「目が合ったら2秒以内に話しかける」というのがあります。そんなことは当たり前だと思われるかもしれないですが、目が合わないと思っていた方と目が合うと、びっくりしてこちらも一瞬固まってしまうんです。


患者さんの立場になって考えると、ふと気づいたら目の前に人がいて、何も言わずにじっとこちらを見ていたら怖いですよね。攻撃しにきたのかと勘違いされてしまいます。2秒以内に話しかけなければいけないというのは、自分が敵意をもっていないことを相手に示すためなんだ、と知りました。


そいういった一つひとつのテクニックが具体的に構築されているところが、ユマニチュードの優れた点だと思います。


「見る」には、2種類あります。生まれながらにして自然にわたしたちが身につけている「見る」と、後天的に学ばなければならない「見る」です。


1.自然にできる「見る」


赤ちゃんを見つめる母親のまなざしは、優しく愛情にあふれています。赤ちゃんはまだ言葉がわからないので、周囲の人はまなざしで愛情や優しさを表現します。そして、「わたしの子どもとして産まれてきてくれてありがとう。うちの子どもがいちばんかわいい」と、愛情、優しさ、誇りに思っていることを伝えるまなざしを自然に投げかけています。


その方法は正面から水平に、近く、長く、見つめるもので、これは赤ちゃんを自分たちと同じ種に属する人として認めるポジティブなまなざしです。これは誰に学ぶことなく、わたしたちは自然と行うことができます。相手とよい関係を結ぼうとするときも同じです。わたしたちは、赤ちゃんをユマニチュードの状態に受け入れるのと同様に、自然なポジティブなまなざしを相手に与えています。


2.後天的に学ばないとできない「見る」


路上で自分に対して攻撃的だったり好ましくない相手に出会ってしまったときには、人は誰でもその相手を見ないようにします。視野に入れないように顔を背向けるのです。これはごく自然な対応です。ケアをする人にも同じことが起きています。


つばを吐きかけたり、何かを投げつけたり、大声で叫ぶ「攻撃的な人」に、ちゃんと近づいていき、彼らを「見る」ことができているでしょうか?


人は生まれながらのごく自然な反応として、嫌なもの、怖いものを見ようとはしません。ですから、もしあなたが後天的に「見る」こといついて学んだことがなければ、無意識のうちに、苦手な、攻撃的な相手からは視線をそらしているはずです。


しかしこれまで述べてきたように、相手を見ない、ということは、「あなたは存在しない」というメッセージを送ることです。人は他者から「見てもらえない」状態ではい生きていけません。「あなたは存在しない」というメッセージが送られ続ける環境の中では、人は社会的な存在としての「第2の誕生」の機会が奪われてしまうのです。


したがって、ケアを受ける人に「あなたは、ここにいるのですよ」というメッセージを送り続けることが重要であり、これがユマニチュードの原点です。もしあなたが「ケアをする職業人」であり、自分に攻撃的で苦手な人に対して「あなたはここに存在する」というメッセージを確実に届けたいと思うならば、「見る」これを後天的に学び直す必要があります。

  • 職業人として「見る」ということ


職業人として、ケアを受ける人を「見る」ことについて、具体的な場面を想定して考えてみましょう。


ベッドに近づく。
ケアをする側を選ぶ。
いすに
座っている人に近づく。
立っている人に近づく。
食事を介助する。


このような場面において、あなたは、相手が自分とアイコンタクトをとりやすい角度をあらかじめ探して、意識的に視線をつかまえるような近づき方をしているでしょうか。


たとえばベッドに近づくとき、ケアを受ける人の顔がどちらを向いているか確認していますか? 多くの人は、たとえ顔が部屋の扉と反対側を向いていても、扉のほうから近づいていると思います。


認知機能が低下している場合には、外部からの情報を受け取れる範囲が狭くなっています。情報の入り口としての視野も狭くなっている可能性があります。


その結果、ケアをする人が近づいていることに気がつかず、不意をつかれて驚いてしまうのです。ケアを受ける人にとっては唐突い何かが現れたと感じられ、驚いて叫んだり、暴力を振るったりすることがあるかもしれません。しかし、これはケアをする人への攻撃ではなく、いきなり自分のまわりで起こった出来事に驚いて、自分を守ろうとしている防御なのです。


このような事態を防ぐために、ケアをする人は、ケアを受ける人の正面から近づき、その視線をつかみに行くことが重要です。ただ相手の目を見るだけではなく、視線をつかみに行き、つかみ続けるのです。意識して相手の視界の中に入るような動線を描きながら近づき、常に相手の視線をとられるような顔を動かします。