第2104冊目 「権力」を握る人の法則  ジェフリー・フェファー (著), 村井 章子 (翻訳)


「権力」を握る人の法則

「権力」を握る人の法則

  • 頼まれた人は不快に思うか


人は、できるだけ他人に頼まずに済まそうとする。理由はいくつかあるが、アメリカ人の場合その最大のものは、独立独歩の精神に反するからである。第二の理由は、断られたくないからだ。拒絶され自尊心を傷つけられるのがいやなのである。そして第三は、頼みが叶う可能性を自分の物差しで判断しているからである。たとえば絶対に断られると考えたら、一年に一度のランチやディナーをあえて頼む気になるまい。だが大方の人は、頼まれた相手がOKする確率を過小評価している。これは、頼みごとをする人は、相手がイエスと言うときのコストばかりを考えがちで、ノーと言うコストに注意を払っていないからである。相手の頼みを断るのは、「よき隣人であれ」という社会の暗黙の規範に背くことになる。読者自身が頼まれる側だったら、太っ腹で度量の広い人間だと思われたくないだろうか、それともケチで了見の狭い人間だと思われてもいいだろうか。それに、面と向かって断るのは気まずいものだ。私たちは子供の頃から親に「人には親切にしなさい」と言われて育っているから、人から何か頼まれたら引き受けるのがなぜか習い性となっている。さらに、頼みごとを引き受けてあげれば相手に貸しを作ることになるので、あなたの立場は強くなる。新入社員のメンター役になるにせよ、何かチャンスを与えるにせよ、恩を受けた相手は将来何らかの形で、たとえば忠実な部下になるといった形でお返しをしようと考えるだろう。またそうした見返りがないとしても、誰かのために何かをしてあげられるのは、あなたにそれだけの力が備わっていることの証にほかならない。


スタンフォード大学ビジネスクールのフランク・フラインと教え子のバネッサ・レークは、他人が頼みに応じてくれる確率がどれほど過小評価されているかを調べるために、いかにも断られそうな頼みを実際に行う実験を行った。その一つは、参加者が通行人に短いアンケートに答えてくれようと頼むというものである。実際に頼む前に「五人に答えてもらうまでに何人に頼む必要があると思うか」と参加者に質問したところ、答は平均二〇人だった。だが実際には約一〇人に頼んだだけで、五人の回答者を獲得できている。つまり打率五割に達したわけである。ところが見知らぬ人にものを頼むのはよほど苦痛だったと見え、参加者の五分の一は、実験を最後までやらなかった。この種の実験では、参加者は事前に了解すれば最後までやり通すのがふつうなので、この脱落率は以上に高いと言える。


もう一つ、通行人に携帯電話を借りて緊急の連絡をさせてもらうという実験もあった。この場合にも事前に、「三人から借りられるまでに何人に頼む必要があると思うか」と質問したところ、答は平均一〇人だった。しかし実際には六・二人で済んでいる。さらに、三ブロック先の体育館まで連れて言ってもらうという実験でも、七人の予想に対して平均二・三人で、親切な人が見つかっている。この実験も参加者にとっては大いに苦痛だったらしく、二五%の人が目的を達する前に脱落してしまった。フラインとレークの研究は、大方の人が他人の行動をうまく読めず、悲観的に予想しがちであることを実証したと言える。自分が頼む側の場合、頼まれる側の視点から考えるのがむずかしい。またこの研究は、ちょっとしたことでさえ人にものを頼むのがいかに苦痛かを示した点でも、貴重である。