第2026冊目 はじめての後輩指導―知っておきたい育て方30のルール [単行本] 田中 淳子 (著)


はじめての後輩指導

はじめての後輩指導


「ん?」と思ったらその場ですぐ指導


五月のある日、通路の路上で、ちょっと不思議な光景をみかけました。若い男性と若い女性が向き合って名刺交換をしていました。二人ともリクルートスーツのようなきちっとした服装です。なぜかとても近い距離で向かい合い、名刺を交換していたので、いったいなんだろうと思いました。二人の脇を通りすぎる際、会話が聞こえてきました。


「名刺を受け取るでしょ。そしたら、そのまま相手の名前を復唱して。名刺は胸の高さでもっているといいんだよ」


名刺の出し方と受け方を二人で練習していたのです。女性は、一つひとつの言葉に「はい、はい」とうなずいていました。新入社員が、先輩社員に連れられてはじめての顧客訪問をする途中だったのでしょう。多くの人が通るビジネス街で、この二人は人の目も気にせず名刺交換の実地練習をしていました。教えている男性も非常に若く、一、二年前は新入社員だったのかもしれません。とにかくとてもほほえましい光景でした。


別の体験です。顧客先での打ち合わせが長引いたため、一緒に昼食をとることになりました。「一緒に行きましょう」と誘われ、部長と担当者、私の三人で近くの見せまで出かけました。このとき部長は、「きょうはご馳走しますよ」といい、支払いは部下の担当者に任せることにしたようでした。


食後の支払いのとき、私は店の外に出ていました。ご馳走になるときには、領主書などを受け取る場面をみないのがマナーだからです。かなりの時間がたってから、部長と担当者が「大変お待たせしました」と言いながら、店から出てきました。


オフィスまで戻る道を三人で歩きはじめたところ、部長は私に向かって、「田中さん、ちょっとごめんね」と言ったうえで、部下の担当者に何やら話しはじめました。聞くともなしに聞こえてきたのは、お客様に食事をご馳走する場合の心構えやマナーでした。


「田中さんをお連れしようといったとき、きみはなぜ小銭入れだけをもって出てくるの。ちゃんと対応できるように財布をもってきなさい。それから、領収書はすぐに受け取れるよう、自分の名刺を出すこと。名刺をみせれば、社名もすぐに店の人にわかる。こういうこと、ちゃんと覚えておかないとダメだよ」


担当者は、素直に話を聞いていました。部長は再び私のほうに向き直り、「ごめんなさいね、お客さんの目の前で説教するのもなんだけど、こういうときにちゃんと教えておかないといけないからね」と茶目っ気たっぷりに笑いました。私とは長いお付き合いなのであえてこんな場面で、こんあふうに部下の指導をしたのでした。