第1211冊目  ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫 [文庫] G.キングスレイ ウォード (著), G.Kingsley Ward (著), 城山 三郎 (翻訳)


ビジネスマンの父より息子への30通の手紙    新潮文庫

ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫


生活のバランスを保とう


最近、君が会社や得意先で過ごす時間はかなり多くなっている。ひところ君が、毎日の出勤がおっくうなほど、仕事に興味を失っていたことを思えば、悪い傾向ではない。


私たちの多くの会社が順調な経営を続けるためには、その頂点に立つ人が人並みに働かなければならないことは確かである。しかしあらゆることを自分ひとりではやれないことを忘れてはならない。時間がないからである。主に、多くの社員のさまざまな技能を必要とするからである。


優れた組織を持つためには、社長は何よりも、社内のあらゆる部門に優れた人材を配置しなければならない。私たちの場合、それはすでに実行していると思う。つぐに大切な社長の任務、つまり君の任務は、意思の伝達である。君と経営陣との間、君と顧客との間、そして君と社員との間の意思の疎通をはかることである。


時間の配分が適切であれば、君はこれからの任務を週二十時間で果たすことができる。残りの二十時間は、経営セミナーへの参加、工場の新しい、あるいは特別の設備の選定、新製品の考案、つぎの成長計画の立案など、新しい課題に自由に当てることができるだろう。


指導力といえば、多くの人がナンバー・ツーとしては立派にその任務を果たすが、そのほとんどが非常に単純な理由で、ナンバー・ツーにとどまらなければならない。ナンバー・ワンの任務に必要とされる資質に欠けるためである。自尊心にひきずられて、自分に向かない、荷の重すぎる社長の地位を引き受けたばかりに挫折する人は少なくない。


ナンバー・ワンに立つ者として有能であるためには、視野の広さが必要とされるが、これを身につける機会に恵まれる人は少ない。君も気づいているだろうが、私はこれまで君が嫌がっても、いくつかのことをさせてきた。それには目的があった。君の視野を拡げ、幅広い考え方を促して、いつか実力で社長になってもらうためだ。その日が来て、君は新しい任務についたが、どうかお願いだから(私はもう君に命令することはできない)、一緒に始めたことを続けて欲しい。世の中の動きと歩調を合わせるために、あらゆる機会を生かして続けて欲しい。もし君がそうしないなら、私たちの会社が今後も繁栄し、競争力を維持できると期待しないように。


ここまで君が社内で昇進してくるあいだに、私たちが一緒に検討し、追求してきた問題のいくつかを思い出してみよう。


君は大学に入ったとき、経営学関係の科目だけを履修するつもりでいた(もちろん酒も飲むつもりでいた)。覚えているだろうか? まもなく、君は教養の幅を広げるのが賢明であることに気づいて、財務関係の勉強とともに、経済学、政治学、産業関係学、英語、歴史、それに天文学を学ぶようになった。卒業したときには、財務諸表をまとめたり、分析したりすること以外にも、多くの知識を蓄えていた。


卒業後は、長年試験に追われて、さんざん本を読まされたあとで、読書はもうたくさんだと思っていたのに、上役(私が)君の本棚に何冊か並べて、読めとすすめるので、この重要な君の教育の一面は、そのまま続いてきた。ヘンリ・デイヴィッド・ソローは問いかけた。「いかに多くの人が、一冊の本を読むことによって、その生涯に新たな時代を迎えたことだろう?」。たいていの場合、君は一冊の本を読むことによって、君の人生に新しい時代を迎えては、終えた。どの本も今日の複雑な社会の、ごく少数の人しかわざわざ知ろうとはしない面を明らかにしたからである。たとえば君は、一九二四年に書かれたクロード・ホプキンズの『広告業に生きる』で、企業家精神のあらゆる面を学んだときの感激を覚えているだろうか?