第2432冊目  「権力」を握る人の法則 ジェフリー・フェファー (著), 村井 章子 (翻訳)


「権力」を握る人の法則 (日経ビジネス人文庫)

「権力」を握る人の法則 (日経ビジネス人文庫)


たいていの人は、政治的スキルに長けた人間が生き残る適者生存環境に置かれている。だがこの事実をひとまず措き、あなたがパワーポリティクスに手を染めたくないと考えたとしても、実際にそれが可能だとは私には思えない。大勢の起業家が、ピラミッド型のフラットな組織を作りたいと情熱的に語る。だがデータを見るかぎり、それが実現したとは言えない。したがって、「政治的駆け引きは組織にとってよいことなのか」という本章の冒頭の疑問は、意味をなさないことになる。いいも悪いも、避けて通れないのだから。


たぶんたいていの人が直感的に、人間が大勢いるところでは腹の探り合いから足の引っ張り合いまで、権謀術数の類が避けられないと知っているだろう。ジェフリー・グランツとビクター・マーレーは、さまざまな企業で働くマネジャー四二八名を対象に、組織内の政治的駆け引きについて意見調査を行った。すると、「職場での駆け引きはほとんどの組織に存在する」ことが九三%が、「出生した重役は政治的手腕に長けている」ことは八九%が同意した。また七五%以上が「地位が高くなるほど駆け引きは増える」と考え、八五%は「強い影響力を持つ重役は政治的に巧みに立ち回っている」と考えていることがわかった。


組織内にこのように陰謀や術策がはびこるのは、一つにはヒエラルキーのせいである。ヒエラルキーは、動物の社会ではどこにでも――魚社会にも存在する。そしてヒエラルキーができてしまえば、どんな動物も、底辺にいるより頂点に近づきたいと考える。そこで集団生活を送るすべての動物では、支配者の地位を巡って競争が起きる。人間も例外ではない。人間どうしのやりとりが存在するところには、たとえ階級や肩書きや権限などが割り当てられていなくても、自然に上下関係が形成されるものだ。最近観た映画について感想を言い合うとか、ピクニックの相談をするといった気楽な話し合いであっても、いつの間にか誰かが、より強い影響力を持つリーダーになっている。ある調査でも、集団の規模が大きいほど構成員どうしたに差が出やすく、序列ができやすいことが判明した。となれば、企業のような大集団でヒエラルキーが出現するのは必然と言えよう。どの程度権限分散を図っているかは企業によって異なるし、リーダーシップの発揮の仕方は個人によってちがうにしても、どの組織にもヒエラルキーが存在するなら、より上の階層をめざす競争が起きるのは避けられない。


あらゆる社会集団にヒエラルキーが存在するのは、じつに嘆かわしい。というのも、社会心理学者のデボラ・グレンフェルドが指摘する通り、ヒエラルキーはトラブルの元になりやすいからである。たとえばAは、Bの方が上の階層にいて大きな権限を持っていることを不満に思う。そこで陰に陽に反抗し、足をすくう機会をうかがう。またCは、人の上に立つのに慣れていない。自分はリーダーに向いていないと感じ、期待されるリーダーシップを発揮することができない。すると下の階層にいるDやEは不安に陥る、という具合である。


ある実証研究では、ヒエラルキーに関して二つの点が明らかにされている。第一は、社会的地位すなわちステータスは、ある環境から別の環境へ「輸入」あるいは「移転」されることである。広く一般にステータスを決める要素、たとえば人種、性別、年齢、学歴といったものは、企業の中にも陰に陽に持ち込まれ、組織内でのランク付けに影響を与える。それだけでなく、ある組織から別の組織へと移転する傾向も見られる。たとえばジョン・コーザインは、ゴールド・サックスの会長兼CEOを務めた後に政界入りし、上院議員となり、さらにニュージャージー州知事となった。これは、一つには個人的な資産や人脈を次々に活かすことができたからであるが、もう一つには、競争の激しいところで成功した人なら、まったく関係のない別のところでもううまくやるだろうと人々が期待するからだえる。つまり、いまの環境でがんばることにも増して、かつてどこかで成功し高い地位を獲得した経歴がモノを言う。高いステータスを一度獲得してしまえば、それが先々かなりの威力を発揮し、別の環境でもその人を上の階層へ押し上げる。


第二は、人はどうやらヒエラルキーを好むらしいことである。社会心理学者のラリッサ・タイデンスらは、人々が地位のちがいを意識する度合いを六種類の場面別に実験した。その結果、仕事に関して意思疎通を図る場面では、上下関係を意識する度合いが高まることがわかった。重要と考えられる仕事ほど自主的にヒエラルキーが形成されやすいのは、その方がうまくいくと期待されているからだろう。こうした行動から、仕事絡みの、状況では人は序列を好む、あるいは期待すると推察される。


ニューヨーク大学のジョン・ジョストが行った研究では、一段と顕著な傾向が認められた。序列を安定的に維持するために、自ら低い地位に甘んじる行動が見受けられたのである。一連の調査を通じてジョストは、下の階層のグループが「自分たちの地位が低いのは妥当だ」といった態度をとり、自らの不利になるようなヒエラルキーの存続に手を貸していることに気づいた。ランクの低い大学の出身者があまり抵抗せず低い地位を受け入れるのは、その一例を言える。


ヒエラルキーが容認され、それどころか好まれるとすれば、どの組織でもヒエラルキーはなくならないだろう。そしてヒエラルキーが存在するかぎり、すくなくとも一部の人はより上の階層に上ろうとする。こうしたわけで、どの組織でも必ず地位や権力をめざす競争が起きるし、それはけっしてなくならないのである。