第2134冊目 「権力」を握る人の法則 ジェフリー・フェファー (著), 村井 章子 (翻訳)

  • 好き嫌いよりも自分のキャリアを考えよ


ある会食会で、私はハーバード・ビジネススクールの卒業生と隣り合わせになった。このOBは一九九二卒だったので、同期のキース・フェラッジを知っているかと訊いてみたところ、知っているという。ただし在学中さほど親しくなかったし、フェラッジはクラス仲間ではそれほど人気はなかったことも付け加えた。次に私は、マーケティング関連のコンサルティングをフェラッジの会社に頼んだことがあるかと質問した。するとこのOBは「もちろん」と答えたものである。「ビジネスでは、好きか嫌いかなんて関係ないからね。大事なのは、できるヤツかどうかってことだよ。それに同期なら何かと便宜を図ってくれるしね」


人間関係をこのように功利的に捉える見方は、別にめずらしいものではない。むしろ、組織で生き延びるためには必要だと言える。たとえば、黒人として史上二人目の最高裁判判事候補となったクラレンス・トーマス判事の承認を巡って、一九九一年に事件が持ち上がった。判事の部下だったアニタヒル女史が公聴会に出席し、判事が再三にわたりセクハラを働いたと糾弾し、はなばなしく報道されたのである。このとき多くの人が、次の点を疑問に感じた――もしトーマス判事が実際に不適切な行為におよび、ヒルがそれを不快に感じたのなら、なぜ判事と関係を持ち続けたのか。ジェーン・メイヤーとジル・アブラムソンは著書「奇妙な司法」の中で、次のように結論づけている。「ヒルがトーマスと日常的に接する職場にとどまったのは、その方が彼女のキャリアにとって有利だからである。トーマス判事は職場で大きな権限を持っていたし、彼女の知るかぎりでは最も影響力のある黒人だった。ヒルが好むと好まざるとにかからわず、司法界にいるかぎりトーマスとの職業上の関わりを断ち切ることはできない。この状況で、セクハラに平等を装うか騒ぎ立てるかを彼女は決めなければならなかった」


多くの研究が、意見や感情が行動に感化されると結論づけている。具体的には、こうだ。虫の好かない権力者の後ろ盾を必要としている人が、その権力者に友好的にふるまっているうちに、次第に好きになっていくということである。なぜそうなるかについては、さまざまな説明が試みられている。ある説によれば、人間は自分の行動から自分の感情を推し量るからだという。またミシガン大学のカール・ウェイクは「人間は口に出して初めて自分が何を考えたかを理解する」からだと主張する。また心理学者レオン・フェステンガーの認知的不協和理論によれば、認知的不協和(喫煙が身体に悪いと知っているのにタバコをやめられないなど、矛盾した二つの認知がある状況)が起きると、不協和を低減する行動が起きる(たとえば自分が勝った商品が雑誌でけなされていたら、その雑誌はいい加減だと考えて無視する)。したがって、行動と気持ちが不一致の場合には、気持ちの方を行動に合わせようとする。これらの説明から、権力者の力添えが必要な場合、その権力者と接しているうちにやがて好意を抱くか、すくなくとも腹立たしいふるまいを容認するようになっていくと考えられる。これを一歩進めれば、好き嫌いよりも自分のキャリアにとって役に立つかどうかが、近づく相手を選ぶ判断基準となる。