第3201冊目その話し方では軽すぎます! 矢野 香 (著)


  • 「たくさんの人」という表現の注意点


違和感を持たれる可能性のある言葉の例として、私が放送の仕事をするようになってはじめて知った言葉に「たくさん」があります。


中継先から、会場に何百人もの人が集まっている様子を描写したときに、「たくさんの人」という言葉を使いました。放送を終えて局に戻ると、「たくさんの人をある言葉に言い換えるように」と上司に指摘されました。どんな言葉だと思いますか。


正解は「大勢」です。


「たくさん」は数量が多いことを表す言葉で「物」にも「人」にも使います。一方、大勢は人だけに使う言葉です。


日本語では、存在していることを表現するときに、人には「いる」、物には「ある」を使うように、人と物では言葉を使い分けます。


そのため、厳密に言うと「たくさん」は人にも物にも使いますが、「たくさんの人」という表現を使った場合、違和感を持つ人がいることを、NHK放送文化研究所の調査でわかっています。しかも、人間の尊厳にかかわる話題のときはとくに違和感を持たれるという結果でした。


つまり、「たくさんの人がいる」は許せても、「たくさんの人が亡くなった」という表現はふさわしくないと感じるのです。そのため「大勢が亡くなった」と言うべきなのです。


ちなみに「大勢の人」というと、これまた間違いになりますからご注意ください。「大勢」という言葉の中に、すでに「ひと」という意味がふくまれているからです。「頭痛が痛い」と同じような誤りになってしまうのです。


「そんな細かい点まで考慮するのは、話すプロだからでしょ」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、中立な立場に立って、文法的には間違いではないとしても、細かい点まで気を配った表現をなさるからこそ、正統派であり、だからこそ信頼を勝ち取ることができるのだと私は思います。