第2843冊目 私の財産告白 本多 静六 (著)


人生と財産―私の財産告白

人生と財産―私の財産告白

  • 人の意見をよく聴くこと


次に、部下や社員の持ち込んでくる意見とか提案とかは、経験と研究を積んだ上長者には、常に概してつまらぬと感じられるものが多い。しかし、それを天からつまらぬとこき下ろしたり、フフンといった態度で軽くあしらってしまってはならない。上長者にはつまらなくとも、愚案と思えても、本人にとっては全く一生懸命の場合が多く、あまりにあっさり片づけられてしまっては、部下たるもの大いに落胆せざるを得ない。ときとして、再度の提案具申の勇気をすら欠くに至るものである。この場合、どんなに忙しくとも、またどんなに馬鹿馬鹿しくとも、いちいち親身になって聴いてやるだけの用意と忍耐がなんとしても必要である。それが上長者のエチケットでもあり、義務でもあるというものだ。


すなわち、部下の者が、何か用あり気にドアを押して来たり、自席に近づいてきたときなどには、できればただちに自分の仕事を中断し、二ー三歩の前からその顔を見、その足元を見守って、ニコやかにその用件を聞き取る態度をととのえて、「さァなんなりと」といった気持ちを目顔で知らせるくらいにしなければならぬ。そうしてゆっくりその述べようとするところを尽くさせ、充分そのいおうとするところをいわせるがよろしい。こんな場合、ほかから何かの用事が持ち込まれても、それをあと回しにして、「さア、次をつづけたまえ」とでも促せば、提案者の満悦はこのうえないものになる。


要するに、上長者たるものは、絶えず業務上や研究上の意見を部下に求めることにし、採用しても、しなくても、どちらだって大差ないといった程度のものすら、できるだけ採用の形で取り入れることにしたい。これは本人にとっての大きな奨励ともなり、また、将来本当に意義ある改善工夫の出現を待つ呼び水ともなるのである。いずれにしても人を使うには、人の意見を虚心坦懐に聴き取るだけの雅量を、常に持ち合わせていなければならない。またそれを能う限り実行に移すだけの積極味を、必ず持ち合わせていなければならない。