第2743冊目 ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 G.キングスレイ ウォード (著), G.Kingsley Ward (著), 城山 三郎 (翻訳)


ビジネスマンの父より息子への30通の手紙    新潮文庫

ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫

  • 礼儀正しさにまさる攻撃力はない


私たちの会社のために働いてくれるセールスマンをひとり見つけようという君の最近の試みは突然沙汰止めになったと聞いた。これまでの応募者のなかに、ひとりとして、その人柄に多少とも好感のもてる人がいなかったことに君は驚いているようだ。私も点は辛い方で、これはと思う人物にはなかなか出会わない。日常生活のなかで他人に好ましい印象を与えるこつをわざわざ研究する人は少ないからである。何らかの理由で女性にもてる人、あるいは仲間に好かれる人はかなりいるが、それで上司や上司になりそうな人に好印象を与えられるかというと、多くは零点しなとれない。


この自分に有利なイメージをつくる能力の欠如は、私にとっては謎である。四年から六年もかけて職業を身につける意欲があるのに、なぜあと一、二週間かけて、服装、マナー、それに話術の原則を学ぼうとしないのだろう? たとえ正式の教育を受けていなくても、社会生活の基本的なきまりを学んで、まず就職に、ついで社内での昇進に、役立てようとしないのだろう? 人が身につける特質のなかで、第一に威力を持つのは、もちろん知識だが、第二は正しいマナーである。私の見るところ、実業界に入るこの種の準備を半分しかしない人が非常に多い。礼儀正しさは昇進に大きな影響を及ぼす。ところが、それを注意すべき、あるいは改善すべきものとして真剣に考える人はめったにいない。ウィッカムのウィリアム(一三二四-一四〇四)は二つの財団、オクスフォードのウィンチェスター・カレッジとニュー・カレッジを創設した。これらの大学の標語は「マナーは人を作る」である。この標語は教育者にも当てはまるだろう。知識と操行は同時に向上すべきであるが、残念ながら、両方教える教育者は少ない。


実際にマナーとは何なのか? ただ、まわりの人びとに対する心遣いではないだろうか。まず「ありがとう」がある。これはおそらく世界中で最も広く用いられる正しいマナーだろう。それには、もうひとつの好ましいマナー「どういたしまして」が自動的に続く。しかし謙虚な言葉遣いはときどき日常のあわただしい会話のなかで、行方不明になる。君が一日に「すみません」がという回数を社員や電話の交換手、店員、だれにでも、頼みごとをする回数と比較して数えれば、きっと、この言葉の使用回数を十倍に増やしてもいいと思うだろう。もし実際にそうしたら、結果に注意して欲しい。私の観察では、依頼や指示の始めか終わりにただ「恐れ入ります」とか「お願いします」という言葉をつけるだけで、みんな驚くほど快く、しかもすばやく、応じてくれる。