第2735冊目 ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 G.キングスレイ ウォード (著), G.Kingsley Ward (著), 城山 三郎 (翻訳)


ビジネスマンの父より息子への30通の手紙    新潮文庫

ビジネスマンの父より息子への30通の手紙 新潮文庫

  • あえて挑戦を

 
君に言いたいのは、人生は一回限りだということである。精一杯生きよう!


三十五歳、四十五歳、五十五歳になって、「私は機会に恵まれなかった」と言う人を私はたくさん知っている。その九〇パーセントは、なぜ人生が自分の前を素通りしていったか、なぜ、自分が何の業績も残さなかったのか、いろいろな口実で自分を納得させている。残りの一〇パーセントは、若いころに人生が自分に挑んだ戦いに応じなかったことを正直に認める。私はこの人たちを気の毒に思う。彼らがその挑戦状を突きつけられたときには、多く野場合、勝つ条件がそろっていたと思われる。ただ、受けて立つ勇気がなかったのである。


生き方、生活形態、時間の使い方の変更を余儀なくされることに新しい機会に直面すると、それをさらっと受け入れることは、なかなかできない。私にとって、これまでで一番難しかった決定は、小さな田舎町の家を離れて、一〇〇〇マイルも遠くの、ひとりの知り合いもいない大都市へ行くことだった。しかし私にとって成功へ導く道はそれしかなかったし、ひどく淋しい道でとてもつらかったけれども、前途にはつねにこの目標があった。自分で、自分のために定めた目標で、少なくとも、そのためにやるだけのことはやってみると言い張った。この挑戦に応じたことが、私の人生を変えた。


君はいま戦いを、この新しい学校に取り組むことを、挑まれ、人生の岐路に立っている。この新しい、統計的にも立証されたより確実な成功への道で
、険しすぎるのではないかと、足掛かりを試すことさえもしなければ、君はすでにその若さで、二〇年あるいは三〇年先に、「人生は私の前の素通りしていった」と言うのがおちの生活を始めたことになる。


人の世には潮があって
満潮に乗り出せば、幸運をもたらし
無視すれば、その航海はすべて
浅瀬に乗りあげ不幸に終わる
――シェイクスピアジュリアス・シーザー


この挑戦について考えてみよう。やってみる決心をした場合、どれだけの損害が考えられるだろう? 成功しなかったからといって、誰も君の腕を切り落とすわけではないし、監獄に放り込むことも、バイクを取り上げることもない。それどころか、叩き出されれば私と話しが合うようになる。私も実業界でちょうちょいそういう目に遭っているからである。おかげでいまは、決して失敗を振り返らない。昨日は夢想家にくれてやる。私は今日の戦いのことで頭が一杯になる。


失敗は滑稽であり、悲しくもある。私たちは取り越し苦労をして、胃潰瘍になり、神経衰弱になり、筋肉の痙攣、湿疹、あるいは顔面紅潮といった症状を起こす。ところがたまに、その暗い運命の日がめぐってくると、思っていたほど深刻ではないことに気がつく。どういうわけか、私たちがときには時間外労働までして頭の中に築きあげる悲劇はひどく的はずれであることが多い。


君の見るところ、この大学の学生はみなストレートAを取ることを期待され、それに応えている。だれもが六フィート四インチの堂々たる体躯。だれもが二五〇ポンドの運動選手。おまけに、だれもが精力的に研究課題を記録的な時間で、羨ましいほど手際よくやってのけるらしい。


言っておくが、いや、穏やかに説明されてほしい。この大学でも優秀な学生の比率は、今の学校よりも高いわけではない。違いはただ、この学生たちはもっと努力し、したがって、もっと成果をあげているということである。君もたいていの人たちがそうであるように、頭脳や能力、何であれ、持っているものについては、中位、あるいは平均的な範疇に属している。実のところ、それは決して居心地の悪い場所ではない。しかし、優れた仲間に加われば、君の勉強方法や努力の程度も、自分でも気づかないうちに、自然に向上するだろう。君は潮に乗るからである。この潮は引き潮ではない。


君には「浸透作用」という言葉の意味はわからないと思うので、その定義を言おう。簡単に言えば、何であれ、ある面の生活に完全に浸っていると、その面を吸収しないではいられない、といことである。優れた資質の学生たちに囲まれていれば、君が成功する確率は高まるだろう。ぼんやり坐って、自分の前を素通りさせるタイプではない。むしろ、積極的にその先頭に立ちたいと思う。少なくとも、それがこれまでの君のついての印象だった。


挑戦を受けたときにとる態度は人によって違う。人生を怖れるあまり、牧場の推牛ほどの業績しかあげない人もいる。挑戦を生き甲斐にして、つねに新しい戦いを求めている人もいる。この両極端な間に「常識」と呼ばれる基準があって、これが無意味な挑戦と意味のある挑戦とを分けている。まもなく君は挑戦が人生の一部であることを知り、巧みに対処するようになるだろう。たいては勝ち、ときには負けるだろうが
いずれにせよ、試みることによって、それだけ成長できることを知るだろう。


ガブリエル・ビールが一四九五年に言っているように、「戦わないで征服する人はいない」。


君にがこの、あるいはほかの、人生の挑戦にどのように応じようと、私はつねに君を信頼している。