第2655冊目 成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール ダグ・レモフ (著), エリカ・ウールウェイ (著), ケイティ・ェッツイ (著)


成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

  • 事前にすべきことを伝える


プロの多くは、訓練や入社研修の一部に「シャドーイング」と呼ばれる手法を取り入れている。理由はわかる。高いスキルを持つスタッフや、つねにすばらしい業績をあげる社員がいるなら、その強みを活かしたいと思うのは当然だ。それに、新人に誰を見習うべきかをはっきり示しておくのもいいことである。ところが、こうしたシャドーイングは、もっとも効果のあがらない手本になってしまう可能性がある。なぜか? すぐれた学習に欠かせない単純なひとつのことを、あまりに何度も無視しているからだ。すなわち、「ショットをコール」していない。すべきことを事前に言っておかなくてはなては伝わらないのだ。


ビリヤードのいくかの種目では、狙う球をどこに沈めるのかあらかじめコールしてからショットしなければならない(たとえば「3番をコーナーポケットに」)。手本を見せるときも同様で、意図をはっきりさせ、学ぶ側が何を見て探すべきかを知らせる準備に時間をかけるべきだ。入って来たばかりの新人に、自分が何ができるかもわからないし、ほかの人が持つスキルを見出す訓練も受けていない。何を見るべきか伝えておかなければ、無駄なことばかり観察してしまうおそれがある。あなたのお義母さんがアメフトを見て、思いつくまま意見を言うのを聞くのは楽しいが(「あの人たちはどうしてあんなふうにお尻を叩き合うの?」)、同業他社に追いつこうとしている場合には楽しんでもいられない。


営業チームに新しく採用されたアミルの例をあげよう。彼は快活で熱心な新人だ。研修では営業チームのシニアマネジャーであるサラのシャドーイングをすることになった。アミルはサラといっしょに、新しい顧客との打ち合わせに出席する。顧客は明らかに製品に興味を示すが、契約締結までに条件の交渉がある。サラがさまざまな数字を提案してから黙り込む様子を、アミルは驚きながら観察する。顧客もサラも黙ったままだ。部屋の緊張は肌で感じられるほどで、アミルは退席すべきだろうかと悩む――サラの調子が悪い日だったにちがいない。けれども、打ち合わせが終わるまでにサラと顧客は合意できる条件に達し、新しい契約を結ぶ。顧客が去ると、アミルはぎこちなく微笑み、目をそらす。サラは彼を次の打ち合わせへと急ぎ立てる。いま見たことを話し合う気まずい時間が避けられて、アミルは心底ほっとする。


次にアミルはサラと大口顧客との重要な打ち合わせに同席する。サラは親しげで、明らかにその顧客をよく知っている様子だ。サラはともに歩んできた長い歴史を振り返りつつ、両者の関係は実りあるものだったが、課題も多かったと述べる。自社がこれから進む方向を伝え、この先、顧客の意に添わない変更があるかもしれないと懸念を告げる。アミルは、サラが顧客の要望に応えながら、できるかぎりの努力をして、互いに合意できる契約をまとめるのを見た。この打ち合わせこそあるべき姿だと確信して、アミルはサラのためにも、自分のためにも安堵する。具体的に前向きなフィードバックをたくさん返せることにもほっとする。サラと顧客は満面の笑みとしっかりとした握手で打ち合わせを終了する。


その後、サラはアミルに2件の打ち合わせについてどう思ったのか質問する。アミルは最初の打ち合わせについて、サラの苦労に同情し、自分がいたいためにいっそうやりにくかっただろうと謝る。この話題にあまり触れたくなかったので。それ以上何か言ってしまうまえに話の次の打ち合わせに移す。アミルはサラの真摯な態度と、交渉に集中しながらも楽しく会話を続けていたプロ意識を絶賛する。サラは申しわけなさそうにアミルを見る。ふたつの打ち合わせで起きたことをアミルが完全に見誤ってしまったことに気づいたのだ。


経験豊かな営業担当者が見れば、最初の打ち合わせは想定以上にうまくいったことがわかる。サラの真剣勝負のやりとりが功を奏し、顧客は喜んで契約にサインしたので、会社は彼女が期待していたより大きい利益を得ることになった。このような状況でしゃべりすぎる傾向があることは自分出もわかっていたので、サラはあえて沈黙を貫き、顧客に返答の責任を負わせたのだ。次の打ち合わせについては、アミルは熱心に褒めてくれたが、目標は達成できなかったとサラは言った。打ち合わせのまえから、この顧客との契約は終了するのが正しいとわかっていた。だが、サラは顧客に屈し、数ヵ月後に顧客が腹を立てて新しい業績を探しはじめるのがわかっていたにもかかわらず、契約を更新した。アミルが楽しい雰囲気ととらえたものは、打ち合わせで直接メッセージを伝えられなかった自分の能力のなさだと、サラは反省した。