第2401冊目 「権力」を握る人の法則 ジェフリー・フェファー (著), 村井 章子 (翻訳)


「権力」を握る人の法則 (日経ビジネス人文庫)

「権力」を握る人の法則 (日経ビジネス人文庫)

  • 集中


真夏の暑い日に干し草を日向に出しておいても、自然に発火するということはない。だがルーペをかざして太陽光線を焦点に集めれば、燃え出す。一点に集中した太陽光線は、集中しない場合よりもはるかに強力になるのである。まったく同じことが、影響力を獲得する努力についても言える。


集中と一口に言っても、やり方は何通りかある。まず一つは、一業種あるいは一企業に的を絞ってキャリアを形成することだ。一つのものに専念すれば知識が深まるし、人脈を築ける。たとえばブルース・コザードは、若い頃から製薬畑一筋である。イェール大学で理学士、さらにMBAを取得した後、製薬会社アルザに入社。めきめき頭角を現し、最高財務責任者(CFO)、執行副社長、最高執行責任者(COO)を歴任した。アルザがジョンソン・エンド・ジョンソンに買収されると、コザードは複数の製薬会社で顧問を務めた後にジャズ・ファーマスーティカルズを設立している。ビジネススクール出身者がひんぱんに転職を繰り返すのとは対照的に、コザードは卒業後一〇年間アルザにとどまり、その後も製薬業界から離れていない。製薬産業の技術や経営に関して該博な知識を得られたのは、この産業でずっとやってきたからだ、とコザードは胸を張る。それに、いろいろな業界を転々としていたら、これほど頼れる人脈は形成できなかっただろう、と彼は話している。


メリンダも、二〇〇二年からずっと同じクレジットカード会社で働いている。長くいれば社内の事情に精通し、よい人間関係を築くことができるので、賢く影響力を行使できるとメリンダは話す。最近では転職によるキャリアアップということがしきりに言われるが、生え抜きの社員の方が影響力を獲得しやすいことはまちがいない。S$P五〇〇社のCEOの経歴を調べたところ、その会社での勤続年数は平均一五年におよんだという調査報告もある。


ある一つの職務やスキルに的を絞って全力投球するというやり方もある。多くの調査が示すように、天才と呼ばれる人でさえ、卓越した業績を残すには膨大な準備期間を必要とする。その膨大な時間を確保するためには、一つのスキルに狙いを定めて熟達をめざす方が効率的である。


さらに、自分のポストや職務の中で最も重要なもの、すなわち目標達成に欠かせない業務に集中するという方法も考えられる。ここに力を集中的に投じれば、目標を達成すると同時に、あなたの能力を周囲に印象づけることが可能だ。バークレーズ銀行で若手ながら役員に抜擢されたバーノンは、ここぞという場面で実力を発揮することで注目を集めてきた。経営幹部向けのプレゼンテーションや重要なITプロジェクトで、バーノンのチームは水際だった手腕を示す。チームに割り当てられた仕事のうち最も効果の高い五〜一〇%に集中することで、予算や人員を効率よく配分し、時間を有効活用できるという。


ところが、こうした集中効果を生かしている人は驚くほど少ない。一つの会社で仕事人生を全うしようという人はいまや希少種に近いし、あるスキルに熟達しようと一心不乱に打ち込む求道者タイプもあまり見かけない。有能な人ほど多くのことに興味を持ち、またあちこちから誘いも多いものだから、なかなか一つのことに絞り込めないのだろう。また、いろいろ経験しておけば「はずれ」を引いてしまったときの保険になるという考え方もある。たしかにそうかもしれない。だが一点に集中すれば火を噴く太陽光線のように、業種やスキルを絞り込んで一点集中型でエネルギーを投じる方がより効果的であることは、さまざまな調査結果が示している。