第2332冊目 カリスマは誰でもなれる オリビア・フォックス・カバン (著), 矢羽野 薫 (翻訳)


カリスマは誰でもなれる (ノンフィクション単行本)

カリスマは誰でもなれる (ノンフィクション単行本)

  • カリスマ的な話し方


ある朝、あなたは遅刻しそうになっていた。急いで身支度を済ませ、自宅を飛び出し、最初の交差点で信号が青に変わるのを待っていたとき、目の前で大きな衝突事故が起きた。これからこの交差点を通るたびに、事故を思い出すだろう。事故のことを考えずに通り過ぎるなんて不可能に近い。目撃したときの恐怖がよみがり、血が凍りつくような感覚さえ起きるかもしれない。


私たちは頭の中で、そのとき経験している感覚と、場所や人、同時に経験している肉体的な感覚を関連づける。だから自動車メーカーは、新車の宣伝に魅力的な女性モデルを起用する(ある実験によると、男性は、魅力的な女性モデルが宣伝する車をより速く、クールで、かっこいいと評価した)。


同じ関連づけは否定的な感覚でも行われる。テレビの気象予報士には、視聴者から抗議のメールが届くことも少なくない。視聴者は、予報士と彼らが伝える気象現象を結びつけるために、予報士が実際の気象を引き起こしたと思い込むのだ。悪天候が続く季節には、少なくとも1回は殺害予告が来るという。


ある大企業で、1人の社員(たとえば、人事部長)が解雇について全責任を持っているとしよう。ほかの社員は彼女のことを考えるたびに、彼女の仕事に関連する否定的なイメージを思い出す。このような否定的な影響が長続きすることはよく知られており、最近は、解雇や工場閉鎖を指揮する「悪役」を専門に引き受ける業界が発達している。「悪役」がやって来る鉈やふるい、人々の怒りを一身に集め、否定的な感情の関連づけがもたらす最悪の部分とともに去るというわけだ。


「使者を撃つな」という決まり文句を聞いたことがあるだろう。悪い知らせを伝える使者を責めても仕方がない、という意味だ。古代ペルシャでは戦争が終わると、戦場から王のもとに使者が送られた。使者が勝利の報告をすると、饗宴でもてなされた。しかし敗北を知らせた使者は、ただちに処刑された。現代の私たちは、気まぐれに処刑こそしないが、根本的な心理は変わっていない。あなたが人にある感情を与えたら、相手はその感情とあなたをつねに結びつけて考える。


私たちは感情を、光景や味、匂い、場所、人などと結びつける。あなたが人にある感情を与えれば、その人はその経験とあなたを結びつける。カリスマのスタイルの大部分にとって、とくに優しさのカリスマにとって、相手が自分自身に肯定的な気持ちを捨てるようにすることはきわめて重要だ。ベンジャミン・ディズレーリの才能は、誰と話しても、相手にその人自身が知的で魅力的だと思わせることだ。ある人といて自分が素晴らしい気持ちになれたら、その経験とその人が結びつく。


私は世界屈指の会計事務所から、「有能株」のマネジャーのコーチングを依頼されたことがある。聡明な若いマネジャーたちの真剣さと勤勉さと善意に、私は感銘を受けた。しかし、高い知識レベルと能力をもとに選抜された彼らは、本部で2年間の研修を受けて各地のオフィスに戻るのだが、社内ではひどく嫌われていた。


本部にいる2年間は、マネジャーは自分が所属するオフィスの窓口となり、難しい事態が生じるおオフィスは彼らに問い合わせた。彼らは問題点を探し、正しい答えを見つけて(あるいは、あるべき答えを説明して)対処したため、彼ら自身が困難な状況や喜ばしくない感情と結びつけられたのだ。研修を終えると所属するオフィスに「帰還」するのだが、周囲が彼らを温かく迎えられないのも無理はない。これが否定的な関連づけの威力だ。社内の人々に自分たちが若いマネジャーに支えられているのだと感じさせ、若いマネジャーを前向きの感情と関連づけさせることは、難しい課題だった。


そこでコーチングでは、否定的な関連づけを覆してできるだけ多くの誠意を伝えるために、彼らが本部からオフィスに伝える知らせのうち、いい知らせと中立の知らせを、悪い知らせより増やすようにした。さらに、オフィスのミスではなく「正しい点」を強調し、役に立つ助言を添えたメールを送って、いい仕事を褒めることも学んだ。これらのテクニックにより、若いマネジャーは専門家として高い地位をとおして、誠意と称賛を伝えることをより重視するようになった。