第2268目 「権力」を握る人の法則 ジェフリー・フェファー (著), 村井 章子 (翻訳)


「権力」を握る人の法則

「権力」を握る人の法則

  • 自分にあった出世街道を見つける


地位や権力を手に入れようとするときに重要なのは、自分の適正や関心に合ったところで始めることである。仕事の中には、とりわけ多くの政治的スキルを必要とするものがある。たとえばプロジェクトマネジャーやプロダクトマネジャーは、その一つだ。協力を仰がなければならない部署や社員に対して人事や賞罰などの正規の権限を持たないのに、プロジェクトの達成という重大な責任を負う。経営幹部のアシスタントも、そうした仕事の一つと言えるだろう。人目につく存在であり、大勢の人の協力を得て仕事をこなさなければならないのに、たいした権限は持っていない。こういう仕事では影響力を巧みに使い、賢く水面下の交渉や根回しをする手腕が要求される。政治的スキルは身につけておくことが望ましいし、先ほど紹介したメアリーのように新しい自分を発見する人もいる。だがそうは言っても、がらりと自分を変えるのはむずかしいものだ。メアリーにしても、もともとリーダーシップ志向は持ちあわせていたのに、それまで発揮するチャンスがなかったか、意識的に避けていたのだと考えられる。だからまずは、興味があって向いていると思える環境に身を置くことが大切だ。そうすれば、仕事の技術的な面と政治的な面の両方で成功を収められるだろう。


そんなことは言われなくてもわかっている、と思われた読者が多いかもしれない。だがこの言わずもがなのアドバイスは、実際にはあまり守られていない。自分に適した場を見つけるには、いくつかのステップを踏む必要がある。第一に、自分を厳しく正直に見つめ、長所短所を見きわめ、自分は何が好きなのか、ほんとうは何がしたいのか、明確にしなければならない。しかしすでに述べたように、人間には自己高揚動機というものがあるから、自分を客観的に見られる人はなかなかいない。第二に、「みんながやっているから」という理由で多数派と同じ行動をとるのはきっぱりとやめなければいけない。社会心理学の研究で明らかにされている通り、同調行動の圧力は強い。また、情報社会の影響力も同様の効果を持つ。「みんながやっているならきっといいことなのだ、何か合理的な理由があるにちがいない」という意識が働く。したがって人とちがう行動をとるのはそうした集団の知恵に逆らうことになるので、強い抵抗を感じるわけである。そこで、みんなが株を買えば自分も株を買い、みんなが海外に行けば自分も行く、ハイテク企業が人気なら自分もそこに就職する、といった現象が起きる。だがこのような無定見に同調行動をとっていたら、自分の道を見つけることはできない。


第三に、自分に合った環境を見つけるためには、自分自身にとって客観的になるだけでなく、仕事についても、そのリスクとチャンスについても客観的でなければならない。人間は見たいものを見る傾向があるから、要注意だ。たとえば報酬や地位などの条件がよい魅力的な仕事を提示された場合、敵対者が多いとか人間関係が複雑だといった不利な点があっても、故意に見ないふりをしたり、「このくらいは大丈夫だ」と自分をごまかしたりする。リーダーシップ論の権威であるジョン・コッターは、多くの人がなかなか成功できないのは能力や意欲が足りないからではなく、そもそもまちがった場にいるからだと指摘する。とりわけ、仕事上要求される仕事に、それを十分に持ち合わせていない人間や対人関係に無頓着な人間が就くのは、ミスマッチだということである。この方面の研究がどのくらい進んでいるのか私にはわからないが、同僚や私自身の経験から直感的に言えば、この指摘は正しい。


自分の仕事を巡って政治的要因にまつわるリスクが存在することを見落とし、あるいは見ないふりをした挙げ句、重大な結果に直面して途方に暮れる例はすくなくない。数年前、知り合いの女性(仮にヘレンとしておこう)がビジネススクールを卒業し、東部の名門私立大学の次期学長アシスタントとして採用された。この大学の前学長は問題発言が多く派手好きで押しの強い人物だったため、辟易した理事会では温厚な後任者を選んでいた。ただし前学長は理事の一人としてとどまる。しかも新学長は新学期が始まるまで着任できないため、当面は前学長が指揮を執るという。これでは、新学長の地位はいかにも危なっかしい。そんな人のアシスタントになるのは果たして賢明な選択だろうか。彼は、前学長の隠然たる勢力の下、何もできないのではあるまいか。


実際には、私の悲観的な予想よりはるかに悪い事態となった。新学長は、就任することさえできなかったのである。前学長は理事会や有力者とのコネを巧みに使い、後任者の着任をあれこれ妨害した。すると、後任者はこんな面倒なところはご免だとばかり、あっさり別の「就職先」に鞍替えしてしまったのである。次期学長はもともと定評のある人物だから次の就職先を見つけるのも簡単だが、ヘレンにとってはそうはいかない。次の仕事を見つけるのは容易ではなかった。こうしたわけだから、「長」のつくポストではなくても、政治的なリスクはつきまとう。上をめざすつもりがあるなら、自分のポストだけでなく、関係の深いポストにも注意を払うべきである。