第2183冊目 ユマニチュード入門 本田 美和子 (著), ロゼット マレスコッティ (著), イヴ ジネスト (著)


ユマニチュード入門

ユマニチュード入門

  • 立つことの意味


子どものころに自分の力だけで立ち上がったことを、それを見ていた親や大人に喜ばれたという記憶は、ポジティブで誇りに満ちた感情記憶です。立つことよって、あなたとわたしが互いに同じ人間であるという意識が芽生えます。また空間認知が育まれ、内なる世界と外側の世界があることを知覚できます。歩くことで歩行能力を獲得し、「社会における自己」を認識する関係性を経験し、ひとりの人間であることを認識します。この認識こそが人間の尊厳となります。人間の尊厳は「立つ」ことによってもたらされる側面が強く、これは死の直前まで尊重されなければなりません。


ここで寝たきりの高齢の人について考えてみましょう。この人は、いつも見下ろされています。垂直の視線しか受けることのないその状態は、首が座る前の新生児が受ける視線と同じです。そのまま放っておかれれば認知機能は低下して、外側の世界に関心を向けることも少なくなり、自分は内側の世界で生きるようになります。


ケアが必要な高齢の人に対して、赤ちゃんを育てるときのような愛情にあふれた行動を自然にとる本能は、わたしたちには備わっていません。したがって、視線を受けることも、話しかけられることも、触れられることも自然に少なくなっていき、認知機能はますます悪化します。これはある意味で自然なことではありますが、唯一無二の人間として存在する可能性を奪うことでもあるのです。