第2098冊目 マル上司、バツ上司 なぜ上司になると自分が見えなくなるのか ロバート・I・サットン (著), 矢口 誠 (翻訳)


マル上司、バツ上司 なぜ上司になると自分が見えなくなるのか

マル上司、バツ上司 なぜ上司になると自分が見えなくなるのか

  • シンプル至上主義に徹する


いかにも利口そうに話す人間が小難しい言葉を使いたがるのには意味がある。残念なことに、難解な専門用語をまくしたてる人間は、シンプルな言葉を使う者よりも頭がいいと見なされがちなのである。


なかには、自分のアイディアを無意味で役に立たないことを隠そうとして小難しい言葉を使う者もいる。だから、小難しい話をする人間を見て「この人は頭がいいな」と思ったときには、気をつけたほうがいい。こうした見せかけだけの人間は、難解な専門用語をまくしたたてることが、出世のための最高の方法であると同時に、自分の無能さを隠す最高の方法であることを知っているだけかもしれないのだ。


本物のエキスパートは無能さを隠す必要がない。ただし、「知識の呪い」には気をつけなければならない。人はひとつの専門知識を深めれば深めるほど、他人にも理解できるような説明と指示ができなくなりがちなのだ。


スタンフォード大学のバメラ・ハインズの調査によれば、携帯電話の操作に関する知識が人一倍ある人間は、初心者に使い方を教えるのが誰よりも下手だという。これは、初心者の身になって考えることができないからだ。エキスパートはなんでも機械的にこなせるようになっているため、自分が初心者だったときにどんなステップを踏み、どんな苦労をしたかを、すっかり忘れてしまっているのである。


一方、エキスパートのなかには、自分の優秀さに酔っていて、わかりやすく噛みくだいて説明しようとしない者もいる。こうした人間は、自分の言葉を理解できない相手をマヌケだと思っている。


以前わたしは、ある研究開発マネジャーが、サプライ・チェーンのワークショップで教えているのを見たことがある。参加者はこのマネジャーの話にまったくついていけなかった。入り込んだ統計値や、わけのわからないグラフ、意味のあいまいな専門用語などのオンパレードだったからだ。ワークショップが終わったあとで、そのマネジャーはわたしに、どうやらここに集まった人たちは、すごく頭が切れるってわけじゃなさそうだな」とボヤいた。自分の使っている耳慣れない専門用語や難解な話を理解できる者など、この地球上にはほとんどいないことが、そのマネジャーにはまったくわかっていなかったのだ。


上司は難解な言葉を避け、説明を聞いた部下がすぐさま行動に移れるように心がけなければならない。ケンタッキーフライドチキン創立者であるカーネル・サンダースも、「つねにシンプルを心がけよ」が口癖だった。これまで見たきたとおり、いかに上司がたくさんのことを知っていようと、誰にでも理解できるように噛みくだいて説明できないかぎり、部下の行動を変えることなど不可能なのだ。


チップ・ヒースとダン・ヒースは、シンプルで具体的なメッセージで最大限の効果を出したいなら、部下が人に話したくなるような「物語」にしろと教えている。


一九六〇年代のこと、NBCで放映されていたジョニー・カーソンの〈ザ・トゥナイト・ショー〉に、コンラッドヒルトン(ヒルトンホテル・チェーンの創立者)が出演したことがある。このときヒルトンは、何百万もの視聴者になにか言いたいことはあるかとカーソンに訊かれ、カメラのほうを向いてこう言ったのだという。


「ああ、ある。シャワーカーテンはバスタブの内側に垂らしてほしい」


これがほんとうに実話なのか、わたしは知らない。実際、これはヒルトンのいまわの際の言葉だという説もある。ただ、ほんとうにそう言ったかどうかはともかく、この言葉は人が記憶にとどめ、その公小津を形づくる「物語」の、完璧な手本になっている。シンプルで、具体的で、どうすべきかが非常に明確だ。わたしはシャワーカーテンのあるホテルに泊まると、かならずコンラッドヒルトンのことを思い出す。そして、頭のなかでヒルトンの話を反芻しなkがら、カーテンをバスタブの内側に垂らすのである。