第2096冊目 マル上司、バツ上司 なぜ上司になると自分が見えなくなるのか ロバート・I・サットン (著), 矢口 誠 (翻訳)


マル上司、バツ上司 なぜ上司になると自分が見えなくなるのか

マル上司、バツ上司 なぜ上司になると自分が見えなくなるのか

  • 状況を掌握しているかのように行動する


アンディ・グローブインテル社のCEOとして大きな成功を収めた。グローヴのCEO在任中、同社の成長率と収益は天井知らずだった。一九九七年んはタイム誌のマン・オブ・ザ・イヤーにも選出されている。わたしはこれまで、グローヴほど率直なエグゼクティブに会ったことがない。


二〇〇二年に、わたしも参加したシリコンバレーの会議で、グローヴはハーヴァード大学のクレイ・クリステンセンからインタビューをけた。クリステンセンはグローヴに、「不安や迷いを感じているときもリーダーが自信のある行動をとるにはどうすればいいのか」と質問した。


グローヴはテレビドラマ『ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア』の話をはじめ、架空のマフィアのボスであるトニー・ソプラノの苦闘に、自分がいかに興味を
そそられたかを語った。縄張りの争い、部下の予期せぬ死、判断の誤り、身内の裏切りなど、トニーは毎週さまざまなトラブルに直面する。ソプラノ・ファミリーとインテル社では、活動の内容がまったく違う。しかしグローヴは、「(ファミリーを掌握しつづけようとするトニーの苦闘は)ここにいる誰にとっても非常に身近なものだ」とコメントした。


笑いの声が静まったあとで、グローヴはつづけた。


「投資の決断にしても、個人的な決断にしても、優先順位の決定にしても、状況がはっきりいするまで待ってはいられない。決断すべきときに決断しなければならない。とにかくやってみて、もしうまくいかなかったらあとで処理しなければならないんだ……自分がなにをしているかわからないのがはっきりわかっているときでさえ、つねに自分を勇気づける必要がある」


グローヴはびっくりするほど正直だ。つづけてグローヴは、わたしが〈うまくいくまでわかっているふりをしろ〉と呼んでいる戦略について説明した。


「そう、これは自己修養ともいえるが、自己欺瞞でもある。しかし、この自己欺瞞は、いつか現実になる。自分を実際以上の人間に見せ、いかにも平静なふりを装うという意味では、たしかに自己欺瞞だ。しかし、自信に満ちた行動をとっていると、やがてほんとうに自信が湧いてくる。そうなれば、もう嘘は嘘じゃなくなるんだ」


偉大な将軍たちに関する事例研究から、MBAで行われた実験まで、有能なリーダーに関するさまざまな研究の結果は、グローヴの説明と一致している。また、自信を持って行動していると実際に自信がついてくることは、態度変化に関するリサーチにおいても実証されている。


自信を持つことが重要であるもうひとつの理由は、すべての感情と同様、自信には伝染性があり、部下に広がっていくという点だ。


この点で、大陸軍司令官時代のジョージ・ワシントンはとても優れていた。まだ自分の仕事を把握していなかった頃、ワシントンはロクでもない部下を信用したり、誤った判断で大勢の兵士を死なせたりと、多くのミスを犯した。しかしそれでも、自信に満ちた態度と行動は一貫してくずなさかった。


歴史家のデイヴィッド・マカルーの著書『1776』によれば、ワシントンの身だしなみは非のうちどころがなく、馬の乗りこなしは一流で、つねに「軍人らしく」ふるまい、その態度と行動は「尊敬をうけることに慣れている男」のものだったという。


うまくいくまでわかっているふりをすることは、自己実現度を高めることにつながる。すべてを掌握しているように自信を持って行動すると、たとえそれが真実ではなくても、困難な目標を達成するために自分や周囲の者を奮い立たせることができる。


どんな上司も、自信を持って行動する能力を持って生まれたわけでなない。先輩の指導や経験を通じて学んできたのである。世界金融危機のときに大手ゴールドマン・サックスを牽引したCEOのロイド・ブランクファインもそのいい例だ。


ブランクファインは厳しい状況下でも一貫して自信を失わず、競争相手よりもずとうまく危機を乗り切った(そのなかでとった手段のいくつかには議論の余地もあるが)。ただし、そのブランクファインにもしても最初から自信に満ちていたわけではない。彼が外国為替部の責任者になったとき、同部はいきなり損失を出しはじめた。ひどく不安になった彼は上司のところに行き、損失を回復するプランを提示した。上司はそのプランを認めてから、さらに有益なアドバイスをしてくれた。ブランクファインはそのときのことをこう回想している。


わたしは部屋を出ようとした。すると上司が言った。
「ロイド、あとひとつだけいいかね。まずはトイレに行って顔を洗いたまえ。いまみたいにひどい顔色をいてたら、部下がみんな窓から飛び下りるぞ」
わたしはそのときに学んだんだ。上司が象徴しているものだどんなに大切で、部下の自信をいかに左右するかってことをね。


自分は状況を掌握しているという自信を生みだすために、上司はたくさんの小さな工夫をこらす。そして、生みだした自信をほかの者にも分けあたえる。


自信は伝染性があり、あなたが上司として成功する可能性を高める。しかし、決して特効薬ではない。成功するためにはほかのもの――資金や設備、アイディアを実現するための技術、自社の製品やサービスの市場など――も必要であることを忘れてはならない。