第2078冊目 プレゼンテーションの教科書 増補版  脇山 真治 (著), 日経デザイン (編集)


プレゼンテーションの教科書 増補版

プレゼンテーションの教科書 増補版

  • 資料に頼らない訓練


自己紹介や自己PRは、いまもさまざまな場面で行われている。これらも立派なプレゼンテーションだが、ほとんどが自らの「ことば」をより所にメッセージが構築される点に特徴がある。時間も数分で短く余計な補助資料の演出もなく、もっとも素朴であり、プレゼンテーションの原点だろう。だから「自己紹介がうまい」といわれる人の多くは、ことばを基本とする情報処理が合理的で、かつ整理されたメッセージを発信できるのである。


現在はパソコンやOHPなどの情報機器を使いながらプレゼンテーションを行うことが多くなったために、パソコンが欠かせないとまでいい切る人もいる。しかし、メッセージをわかりやすく工夫し、より効果的に伝わるような補助資料としてパソコンが機能するうちはまだいいが、中にはスライド資料に振り回されて、「資料の説明」だけに終始するプレゼンターも見かけるようになった。


プレゼンテーションを実行するうえで陥りやすい間違いは、メッセージの伝達に注力しなければならないはずがスライドやOHPに書き込まれた資料を説明することに専念しがちになることだ。自分のことばで語ることをせずに、スクリーンに映し出された文字を漠然と読み上げ、図や写真を解説することに一生懸命になるがうえに、メッセージの発信者としてのプレゼンターの存在が希薄になるのだ。パソコンやプロジェクター、スライドとくれば立派なプレゼンテーションの形式をとっているし、聞き手もその形に安心してしまう。だからとりあえず、この三種の神器をそろえれば何となく実施できるという安易な悪循環が生まれてくる。まず、こうした考えを捨てよう。


スライドはプレゼンテーションのための優れた支援材料であることに間違いない。しかしそれが徐々に主役の座に近づいているために、プレゼンター自身がプレゼンテーション能力を高める機会が失せてきているのではと危惧する。つまりあまりにも便利になった情報機器が当たり前のように手に入ることが、プレゼンテーションの訓練にとって障害になっているのではないだろうか。私はプレゼンテーションの訓練のためには、この補助資料とのかかわりをいちど断ち切り、自身の存在とことばだけに頼ったトレーニングをくり返し行うことが望ましいと考えている。


視覚資料に頼らず、ことば中心のトレーニングを実施することで、あらためてパソコンをはじめとする情報機器や視覚資料の意義や必要性が理解できるというものだ。ことばによる訓練はこうした反省にもとづいており、だれにでも実戦可能な次の3段階で用意に実施できるので、ぜひトライしてほしい。


①補助資料なし。 すべてことばだけで進行するプレゼンテーション。朝礼などで1分スピーチなどをやっている企業がある。これもうまく活用できる。会議での簡単な事務連絡、あるいは関係スタッフへの報告業務などのように、資料を介さないミニ・プレゼンテーションの機会は日常的にあるだろう。


企業での異動や配属時には自己紹介もしなければならないし、送別会や歓迎会では挨拶も求められる。問題は意識の持ちようだけで、ことばに頼る発表機会には事欠かさないはずだ。どんなに短い時間でもメッセージの意図と内容が正確に伝わるように工夫してほしい。


②紙にかかれたタイトルのみ。 ここではタイトルのつけ方にもセンスが問われる。講演会なら演題ということになろうか。タイトルを掲出しておけるので、聞き手も自分の話題の中心が何であるかを常に確認することができる。しゃべりながら軌道修正もわかりやすいだろう。会議中の報告で、報告者とタイトルが印刷物で配布されているならその機会も活用しよう。小グループでのミニ・プレゼンテーションの訓練が可能なら、自身のタイトルを用紙に書き、それを見せながら数分の発表をしてみよう。


③用意するものはタイトルと内容の項目だけ。 これも用紙にその要素を箇条書きにしたものを聞き手に配布して、ミニ・プレゼンテーションの訓練をする。内容に関する項目も順序や手元にあるので、記憶に頼るといった負担が軽減されて比較的安心して取り組めるはずだ。テーマは「新規開店のラーメンの味」、「適正な人事評価」「最近のTV番組考」など、身近なもので設定し、3〜5分程度でよい。


ここで示した3段階の口頭訓練は、短い時間でかまわないのでぜひ実践してほしい。簡単なプレゼンテーションでも回数を重ねる方が効果的である。さらに必要な時間を自分で設定するなど工夫すれば、時間に対する制御感覚も養われるだろう。


私はパソコンなどの三種の神器を使いこなすための努力は必要だと思っている。これからのプレゼンテーションでは、多くの場面でこれらをマスターすることによって、メッセージをより正確かつ効率的に伝え、確実に劇的に展開することができると考えるからである。しかし原点に戻ってプレゼンテーションの訓練をするには、やはりことば中心で行うべきで、訓練を通してパソコンは補助手段であり、スライドは補助資料であることをあらためて認識してほしい。