第2077冊目 成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール  ダグ・レモフ (著), エリカ・ウールウェイ (著), ケイティ・イェッツイ (著)


成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

  • フィードバックのループを短くする


ジョシュア・フォアの『ごく平凡な記憶力の私が1年で全米記憶力チャンピオンになれた理由』(エクスナレッジ)で、医学における興味深いデータが紹介されている。医師は日々練習をくり返すことで上達していくと思われるかもしれないが、そうではないことが多い。マンモグラフィーの専門医を例にあげると、年々診断の精度が「下がる」傾向がある。なぜか。患者の撮影画像を観察して診断を下したあと、フィードバックが戻ってくるのに時間がかかるからだとフォアは指摘する。自分が下した診断が正しかったかどうかがわかるのは、数週間後から数ヶ月後であり、その時点で自分が診断したときのことはくわしく思い出せない可能性が高い。それに、みずからの正否を決定づけるデータを一刻も早く知りたいとは、あまり思っていないのだろう。もちろん医師が患者のことをとても気にかけているのは変わらないが、診察を受ける若い母親はそれほど深刻そうに見えず、彼らの心にあまり切迫感を与えないのかもしれない。


フィードバックでは「スピード」がきわめて重要だ――おそらくその成功を決定する最大の要素である。イギリス人のスポッターを思い出してほしい。あの訓練の重要な要素のひとつは、フィードバックが数秒以内に返ってくることだ。行動と反応の直接的な結びつきが非常に強かったので、誰にでも解決策が説明できない「ブラックボックス」的状況さえも乗り越えられたのだ。


行動の変化においては、結果の「速度」が結果の「強さ」をほぼつねに打ち負かす。行動を変えたいなら――練習で行動を戦略的、意図的に改善したいなら――フィードバックのループを短くすることだ。参加者に「すぐに」フィードバックを与える。たとえあとでももっとくわしいフィードバックを与えられるとしても、すぐに与えるほうがパフォーマンスははるかに向上する。もっとも重要なのは、スピードなのだ。


ジョン・ウッデンはこれにこだわることで有名だった。かつて彼の指導を受けた選手が「修正はすぐしなければ無駄になるとウッデンは確信していた」と述べている。数分もたてば、選手の心と体はそのときの状況を忘れてしまう。ひとたびまちがって練習してしまえば、窓は急速に閉じ、修正は役に立たなくなる。練習を設計するときには、可能なかぎりフィードバックのループを短くして、すばやく頻繁にフィードバックをおこなうようにする。成功に結びつく最良の方法は、計画のなかにフィードバックを規則正しく組みこむことだ。


私たちの同僚のロブ・リチャードは、最近オートバイの教習を受けてそのことを学んだ。たとえ練習中であっても、ひとつのまちがいが惨事につながりかねないので、その教習は迅速なフィードバックを受けられるように設計されていたという。教官はふたりいて、ひとりが実演と説明をおこない、教習生を障害物のある短いコースに送りこむ。ふたりめの教官はそのコースの終点で待ち構えていて、ロブが走り終えるなり、すぐにフィードバックを与えた。その気になればもっとくわしい説明もできただろうし、あとで読み返せるように記録に残すことも可能だったかもしれないが、あえてそうせず、ロブをただちにコースに戻すことを選んだ。運転技術が修正されないままでは危険であることを、車を運転するほとんどの人は理解していないが、経験を積んだライダーは理解しているので、ロブがヘルメットを脱ぐまえにフィードバックを与えようと待っていたのだ。


ケイティも、ある学校で教員の訓練をしていたときに、迅速なフィードバックの利点を目にした。練習していたのは〈いきなり指名〉というテクニックで、生徒が手を上げていなくても、教師のほうから発言を求めるものだった。このテクニックは、教室に厳しい雰囲気を作り出すのには欠かせないが、まだ試したことのない教師はおじけづく。ケイティはテクニックを説明したあと、ひとりの参加者を選んで、生徒役を演じる仲間のまえで練習させた。その教師は緊張してしまい、すぐに修正できる単純なまちがいを犯した(質問してから指名すべきところを、名前を先に言ってしまった)。当初の計画では、彼に2分間練習させたあと、ケイティや仲間がフィードバックを与えることになっていたが、苦戦しているのがはっきり見え取れたので、ケイティはフィードバックのループを短くした。


練習を中断するときには、落ち着いて自然な感じになるように気をつけた――まちがいを練習の一部にして(ルール31)、練習中にむずかしいことを経験するのは想定の範囲内だと示したかったのだ。あとほんの少しでうまくできたと伝え、簡単な変更をひとつだけして、もう一度最初からやり直しましょうと言った。まず質問をする。そこでひと呼吸置いて、答える生徒を決める。「1分間、頭のなかで何度かくり返してみて、準備ができたらうなずいて合図をして。そうしたらもう一度初めからやりましょう。きっとうまくやれますよ」。


ケイティがフィードバックのループを「二度」短くしたことに注目してほしい。彼女は教師が苦労しているのを見るとすぐに練習を中断して、フィードバックを与え、それを使って最初からやり直せるようにした。しかし、そのまえに、あらかじめ頭のなかでリハーサルさせた。教師がもたつきはじめてからケイティが支援するまでのほんの数秒、さらにほんの数秒で彼はフィードバックを活用しはじめた。


教師はまだ緊張していたし、フィードバックにも納得していなかったかもしれないが、とにかく言われたとおりにした。ダン・ハースとチップ・ハースが『スイッチ!』(早川書房)で指摘しているように、人は解決策の大きさは問題の大きさと同じくらいだと思いこみがちだ。しかし現実には、小さな変化で大きな(または、大きく感じられた)問題を変えられることがある。これはそのケースだ。もしケイティが練習をほかの人に移して、その教師に失敗の記憶をくっきりと残していたら、問題は大きくなっていたかもしれない。しかしケイティは失敗の記憶を断ち切り、すぐさま成功の記憶に置き換えた。


1回目と2回目のちがいは誰の目にも明らかだった。その教師は1分間テクニックを使って、うまくいったことに満足し、喜んだ。仲間も気づいて、自然にハイタッチと拍手が生まれた。教師にとってはひとつの分岐点になっただけでなく、練習を信じられるようにもなった。


もちろん、断じて割りこまないと決めている場合や、困難な状況を長めに体験させたい場合もあるだろう。たとえば、参加者が学習サイクルが進んでいて、そろそろ現実世界に当てはめる準備をしなければならないときや、実行中に必要になった修正に本人が気づいて自己修正するのを学んでもらいたいときなどだ。そういう本番に近い練習では、このルールはさほど有効ではない。ポイントは、何かを補強するためにフィードバックを使いたいとき、「すばやい対応」がいちばん効くということだ。人に何かをさせることが目的ではない場合には(たとえば、設定や状況になれるための練習は、やらせないようにする)あらゆることについて、そのフィードバックのまえに大幅な時間差がないかどうか調べてみる価値はある。ある打ち合わせでまちがいを犯し、それを3ヵ月後の業務評価で指摘されても、あまり役に立たない。