第2076冊目 「権力」を握る人の法則  ジェフリー・フェファー (著), 村井 章子 (翻訳)


「権力」を握る人の法則

「権力」を握る人の法則

  • 上司を気分よくさせる


自分の仕事ぶりについて考えるとき、ぜひとも確認すべき点が一つある。それは、自分の行動や発言、そして仕事の成果は、上司をいい気分にさせているか、ということだ。いい気分というのは、あなたに満足するという意味ではなく、上司自身が自分に満足しているか、という意味である。あなたがいまの地位を確保し、さらに上へ行く確実な方法は、端的に言って上司をご機嫌にしておくことなのだから。


自分に自信のない人に限らず、ちょっとばかりうぬぼれて気分よくなりたいのは人情である。客観的に見れば人間は失敗から学ぶことの方が多いのだが、誰しも自分はなかなかよくやっている、結構優秀だなどと思っていたい。これを事故自己高揚動機と呼ぶ。こうした動機があるため、たいていの人が肯定的な意見を聞こうとし、否定的な意見を煙たがる。しかも多くの人は自分の能力や成果を過大評価し、「自分は平均以上」だと考えている。知性、ユーモアのセンス、運転能力、容姿、交渉能力などについて自己認知の調査をしたところ、回答者の半分以上が「自分は平均以上」だと答えたという(そういうことはありえない)。また人間は自己愛が強いので、自分に似た人を好む傾向がある。さまざまな調査でも、人間どうしが惹かれ合う要因として類似性が重要であることが確かめられている。たとえば名字か名前のどりらかが自分と似ている人と結婚する確率は、そうでない場合よりも高い。また、被験者にランダムな番号を割り当てた実験では、自分の誕生日と似た番号の人に好意を抱くといういう結果が出ている。さらに、自分に似た人を好ましく思う傾向から、自分の属する集団(内集団)をひいきし、それ以外(外集団)を差別したがちである。このような傾向を内集団バイアスと呼ぶ。同様に、自分と同じ社会的カテゴリー(人種、出身地、経歴など)に属する人も優遇する傾向がある。


個人批判は、確実に上司を不機嫌にする。とりわけ上司が重大視する問題、したがっていささか不安を抱いている問題に関して痛いところを突いたら、上司の気分を害することはまちがいない。大手クレジットカード会社で副社長をしているメリンダは、マネジャーだった頃にこれをやってしまった。当時のメリンダは審査部に属して顧客の購買・支払予測モデルの作成に携わっており、信用調査担当のオフィサーに昇格することをめざしていた。信用調査チームのチーフとの関係は良好だったから、十分に手応えはあった。ところがある日の会議でチーフ直属の部下が不快な行動をとったことに腹を立て、「会議の場であんなふうに怒鳴るなんて、チーフそっくりです」と余計なことを言ってしまう。チーフ自身もひそかにその点に気を病んでいたため、この一言にいたく傷つき、ボスが誰かを思い知らせるためだけの目的で、メリンダの昇格をしばらくお預けにした。


AP通信の敏腕記者ブレンドも、同様に憂き目に遭っている。彼は世界各地を飛び回り、文字通り命を貼って記事を書く。二〇〇六年には北朝鮮の地下核実験という超特ダネをものにした。にもかからわず、その年のブラントの人事評価は芳しくなかった。これは、編集長に敵対的だったためと考えられる。ブレントは、編集長のせいでせっかくにニュースが台無しだと、うかつにも上司に愚痴をこぼしていたのである。


以上から導き出せる教訓は、こうだ。上司との関係に気を配りなさい、すくなくとも仕事の成果と同じ程度には気をつけなさい、ということである。上司がミスを犯したら、自分以外の誰かが指摘するように持っていく方がよい。もしどうしてもあなたが指摘しなければならないのなら、上司自身が気づくように持ちかけるか、でなければ上司の能力のせいではなく、周囲の状況や外部要因のせいにすること。いちばんやってはいけないのは、不快なヤツだとか、ナマイキだとか、敵対的だなどと認識されていまうことである。


上司を気分よくさせる最善の方法は、何と言っても誉めることである。このことは調査によっても裏付けられており、誉め言葉は影響力を手にする効果的な方法だとされている。誉められて悪い気のする人はいないし、誉めてくれた好意を抱くのも自然な感情でる。そして好かれれば、あなたはそれなりの影響力を持てるようになる。誉め言葉には、ギブアンドテイクの法則を呼び起こすという効果もある。あなたが誰かを誉めれば、その誰かもお返しにあなたを誉めようとする。プレゼントをもらったらお返しをしたり、パーティに呼ばれたら呼び返したりするのとまったく同じで、誉め言葉も一種の贈りものと考えてよい。さらに誉め言葉は、ほとんどの人が持っている自己高揚動機に応えるという意味でも効果的である。


アメリカ映画界の巨匠ジャック・バレンティは誉め言葉の威力をよく知っており、その使い方もわきまえていた。バレンティはアメリカ映画協会(MPAA)の会長として三八年にわたり活躍したが、映画界に身を置く前は、リンドン・ジョンソン大統領の特別補佐官を務めていた。一九六五年にジョンソン宛に書いたメモの中で、バレンティは次にようにアドバイスしている。「大統領は、人間の普遍的な感情に訴えかけることで支持を得られるでしょう。それは、自分は必要とされていると感じたい、そして誉められたい、という感情です」。バレンティ自身もジョンソンに誠意を込めて仕え、大方のことに同意し、何かにつけて賞賛した。一九六五年6月にアメリカ広告連盟の総会で講演した際には、「リンドン・ジョンソンが大統領だと思うと、毎夜安心して眠れます」と述べている。映画界に転身してからは、映画会社のトップをせっせと誉めた。バレンティは、生涯を通じて誰彼となく誉めまくったと言ってよい。一度ゲスト講義をしてもらったので礼状を書いたところ、すぐに手書きの返事が来て、礼状に礼を言われて恐縮したことを覚えている。


八〇歳を過ぎてから書きはじめて死後に刊行された自伝の中でも、誰のこともけなしていない。人のいいところを見つけて誉める習慣は高い地位に就く前から身につけており、死ぬまでずっと続いたのである。自伝は全体として穏やかで当たり障りがなく、彼が舞台裏を知っているはずの出来事の赤裸々な事実といったものは一切描かれていないため、あまり評判にならなかった。だが自伝に取り上げられた人の中で、バレンティを悪く思う人は一人もいなかったにちがいない。


ほとんどの人は誉め言葉の威力を過小評価しており、したがって十分に使いこなしていない。誰かがあなたを誉めたとしよう。そのときのあなたのリアクションは、大きく分けて二通りある。一つは、「こいつは心にもないお世辞を言っている」という反応である。この場合、相手をごますりと考えてネガティブな感情を抱き、誉められても心が動かないだろう。それどころか、お世辞を言って自分に取り入ろうとしていると判断した場合、「これほど見え透いた手で私を丸め込めると思っているのか? 私はそんなに甘く見られているのか?」と自分自身に対するネガティブな感情につながりかねない。もう一つは、誉め言葉を心からのものとありがたく受け取る反応である。この場合には、誉め上手な相手の対人スキルに好感を抱き、また誉められた自分を誇らしく感じる。そして人間はそもそも誉められたいものだから、ほとんどの場合に誉め言葉を額面通り受け取り、誉めてくれた相手に好感を抱く。したがって、誉め言葉を出し惜しみしてはいけない。カリフォルニア大学バークレー校教授のジェニファー・チャットマンは、未発表の研究の中で、誉め言葉が効果を失う限界点がどこかにあるのではないかと推測している。チャットマンの仮定では、誉め言葉の効果をグラフ化すると逆U字型になるという。すなわち誉め言葉の効果は始めは急激に高まるが、だんだんゆるやかになり、ある点を超えると(誉めすぎると)効果が薄れ、単なる媚びへつらいと受け取られてしまう。どこかにその限界点があるはずだが、データからはどこと特定することはできなかった、とチャットマンは話している。