第2048冊目 スタンフォードの自分を変える教室  ケリー・マクゴニガル (著), 神崎 朗子 (翻訳)


スタンフォードの自分を変える教室

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  • 背水の陣で「もうひとりの自分」と戦う


一部の行動経済学者らは、自己コントロールのために最も優れた方法は、基本的には「背水の陣」を敷くことだと考えています。この戦略を初めて提唱したひとりに、行動経済学者のトーマス・シェリングがいます。彼は2005年、核保有国間の紛争処理に関する冷戦理論によってノーベル経済学賞を受賞しました。


シェリングは、目標を達成するためには選択肢を絞り込む必要があると考え、それを「プリコミットメント」と呼びました。シェリングは、このプリコミットメントという考えを、核抑止力について書いた自分の論文から借用しました。背水の陣を敷く国は――たとえば、ただちに苛烈な報復措置に出る方針を明確に打ち出すような国は――報復に二の足を踏むような国に比べ、「たしかにあの国ならやりかねない」という脅威を与えることができます。


シェリングは、「理性的な自己」と「誘惑にかられた自己」は、相反する欲求のもとに戦闘状態であると考えました。「理性的な自己」があなたの取るべき行動をせっかく決めておいても、「誘惑にかられた自己」が土壇場になって思わぬ行動に出ることがあります。「誘惑にかられた自己」が望ましくない欲求のままに好き勝手なことをしたら、身を滅ぼすことになってしまいます。


そう考えると、「誘惑にかられた自己」というのは、得体の知れない、油断ならない敵です。行動経済学者のジョージ・エインズリーに言わせれば、「まっとく別の人間だと思って、相手の動きを予測し、封じ込めるべく手を打たなければならない」のです。そのためには、こちらも抜けめなく、大胆に、知恵をしぼって行動する必要があります。「誘惑にかられた自己」をよく観察して弱点をつかみ、理性に従わせる方法を見出さなければなりません。


著名な作家ジョナサン・フランゼンは、執筆活動を滞りなく行うための独自の背水の陣作戦を公表しています。多くの作家や会社員と同様、彼もパソコンに向かっているゲームやインターネットに気が散ってしまうのが悩みの種です。フランゼンは「タイム」誌のレポーターに、「誘惑にかられた自己」が怠けたりできないように、自分のノートパソコンを分解したエピソードを語りました。


まず、不要なプログラムはハードドライブからすべて削除しました。(あらゆる作家の宿敵、「ソリティア」もです)。そして、パソコンに入っているワイヤレスカードを取り外し、イーサネットのポートを壊してしまいました。「インターネットのLANケーブルを押し込んだら接着剤で固定して根元からちょん切っちゃうんだ」


気が散って困るからといって、さすがにパソコンを壊すまではしたくないかもしれませんが、テクノロジーは使いようで自分で決めたとおりの行動をするために役立てることもできます。


たとえば、「フリーダム」というプログラムを使えば、あらかじめ設定した時間内はパソコンがインターネットに接続できなくなります。また、「アンチソーシャル」というプログラムを使えば、ソーシャルネットワークやEメールに接続できなくなります。私がいいと思うのは「プロクラスドーネイト」で。このプログラムを使うと、よけいなウェブサイトを見ていた時間が1時間を越すたびに課金され、その分の金額が自動的に寄付されるのです。


もし、誘惑がもっと目に見えるような物ならば――たとえばチョコレートとかタバコとか――こんな商品もあります。「キャプチャード・ディシプリン」という鋼鉄製の頑丈な金庫で、2分から99時間まで、任意の時間を設定して施錠することができます。たとえば、クッキーを買いたいけれど、いっぺんひと箱食べてしまいそうでこわいと思ったら、金庫に入れてしまいます。あるいは、クレジットカードの使用を一定の期間控えたいときも、金庫に入れてしまえばいいのです。「誘惑にかられた自己」がどんなにがんばっても、ダイナマイトでもなければ金庫をこじ開けることはできません。


また、自分ので決めたことを継続して行いたいときには、目標のためにお金を投資するのもよいでしょう。たとえば、何が何でもエクササイズを続けたいなら、高額なジムの年会費を前払いしてサボれないようにします。シェリングが言うように、この戦略は、核兵器保有量の増大のために投資する国家の思惑に似ています。たとえ誘惑にかられても、「理性的な自己」の真剣さをよく知っているので、目標を妨げるようなマネをしようと思っても、慎重にならざるを得ないというわけです。