第1955冊目 成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール [単行本] ダグ・レモフ (著), エリカ・ウールウェイ (著), ケイティ・イェッツイ (著)

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール


スキルを分離して個別に練習する


心臓手術は複雑だ。学ぶのに何年もかかる。ではどうやって始めるのか? 医学生に手順を説明して概要をつかませるのも大切だが、本当の意味での学習、真の練習は、分離した個別のスキルをひとつずつ身につけることから始まる。「分離」とは何か? まずは心臓手術のたくさんのステップのうちのひとつである「縫合」について考えてみよう。縫合自体も複雑なプロセスなので、さらに分離したなければならない。新米なら、手術器具の持ち方、結び方の作り方、切開部の閉じ方、瘢痕組織の縫い方、縫合材の選び方、ドレーン管やチューブの取りつけ方などを学ばなければならない。これらを本番の手術でやるまえに、何時間もオレンジの皮に結び目を作ったり、解剖用の死体にチューブをつけたりして練習する。これがルール10の中核をなす考えだ――教えたいスキルやテクニックを特定して、そのもっとも単純な形を教え、練習させる。学習と練習の単位をひと口サイズに分割するのだ。


最終目標は、新しく学んだスキルをほかのスキルと合わせて、統合的な状況――大きな試合、手術、読解の授業など――でうまく使うことだ。テクニックを分離して、単純な設定で練習することが、皮肉にもその目標達成に必要な最初のステップになることが多い。これは最初の章で「反復練習」として説明したものだ。しかし、反復練習は練習全体の目標に沿うように慎重に設計しなければならない。すべての反復練習がスキルを分離しているわけではない。計画する過程で、スキルを分離した反復練習を初めに入れることが肝心だ(複雑さを加えていく方法はルール12で説明する)。


スキルを分離した反復練習についてもっとも理解してもらうために、Introductionでも紹介したアンコモン・スクールズのワークショップの例をあげよう。私たちが〈100パーセント〉と呼ぶテクニックを教師に使いこなしてもらうためには、ことばを使わず手ぶりで効果的に正す必要があるのはわかっていたので、反復練習を開発した。まず教室でよく目にする生徒の行動(たとえば、机に突っ伏す、不適切なときに手を上げる、窓の外を眺める、靴をいじる)のリストを教師にわたす。教師はおのおのの手ぶりをいくつか決めて、その手ぶりで何を求めるのか生徒に説明してお(たとえば、自分の目を指差したあと発言者を指差すのは、発言者を見なさいという合図。右手を高い位置から下におろすのは、手をおろす合図。両手を重ねて背筋を伸ばすのは、姿勢を正す合図)。このスキルを効果的に分離するために、私たちは、問題行動をとる生徒の役をあらかじめ割りふっておいて、教師には童謡や「忠誠の誓い」など、なじみのあるものを教えながら、自分で決めた手ぶりの練習をしてもらう。教師は授業の流れを中断せずに、手ぶりで生徒の行動を正さなければならない。


教室のなかで想定されるほかの複雑な状況も取り除く。この反復練習では、ほとんどの生徒は従順であることにして、クラスじゅうの生徒に目をくばらなくてもいいようにする。誰がどんな問題行動をとるのかも決めておき、教師がすぐに見つけられるように、生徒役の人には大げさにふるまってもらう。練習でおこなう授業自体も単純化して、内容については問わないことにした。ペース配分のプレッシャーも取り去る――従順で熱心な生徒であることは保証されているので、急がされることもなく、ゆっくりと合図の練習ができる。


この練習で何度も手ぶりの合図をくり返し、自然にできるようになるのが目標だ。理想的なのはそれが行動の期待と密接に結びつき、日々強化されていくことだ。教室で適切なときにそうして指導する回数が増え、使っている自覚すらなくなることもあるだろう。分離したそのスキルはどんどん使い心地がよくなり、やがて筋肉の記憶に刻みこまれる。


ここでセールスマネージャーのトニーを紹介しよう。トニーが新たにまかされたチームは、社内のほかのチームより売上を伸ばそうと張りきっている。トニーはできるだけ早く彼らに販売させたいので、必要な情報はすべて与え、顧客への売りこみ電話のかけ方や、販売会議の進め方など、複雑なスキルを同時に練習させる。チームメンバーは積極的に参加し、成功に必要なスキルを練習できて喜ぶ。みなすぐに上達し、雇った新人の何人かはすでに強力なテクニックを持っていたので、トニーはさっそく販売を開始させるが、初めは結果はよくない。売上は少ないし、チームの士気も低下している。トニーはまたチームを観察して、一人ひとりのスキルにばらつきがあることに気づく。結果が出ないメンバーは、アイコンタクトや相手の話を聞くといった基本的なスキルが欠けていた。成功しているメンバーのなかにも基本的なスキルがいくらか足りない者もいるが、代わりに何かしら補う手段を持っていた。顧客にとって重要なことがわからなくなったり、それについて顧客と話し合う能力を持たないメンバーもいる。顧客にとって重要なことを示すのに長けているが、顧客の言うことに耳を傾けないメンバーもいた。要するに、トニーのチームは、鉛筆を妙な具合に持って書こうとしたり、針を正しく持たないで縫合の練習をしたりするのと同じようなことに時間を費やしていた。どうにかやっていくために、粗末なテクニックをくり返し使って、それが癖になっている。トニーには、基本的なスキルに立ち戻って訓練し直さないかぎり、どこかで停滞期に入ってしまうのがわかった。


こうした状況はたやすく起こりうる。よくある不幸は、個人のスキルの習得の度合いに関係なく、会社に入った新人は好成績をあげるものだと期待することだ。新しい従業員が入っても、分離したスキルの練習をさせることはめったにない。最善のシナリオでは、プロは必要に応じて引き返してスキルの伸ばすのだが、私たちは間に合わせのスキルでやりくりしがちだ。たとえ一時的に成功しても、やはては人を雇って弱みを埋め合わせなければならなかったり、伸ばしてこなかったスキルに対処せざるをえなくなったりする。


それよりはるかにいい方法がある。研修プログラムや入社訓練を、成功に必要な個別のスキルを学ばせる機会ととらえ、その後の強力な土台を作るのだ。