第1375冊目 「心を動かす」プレゼンテーション―実例から学ぶ80のヒント [単行本] ジェリー ワイズマン (著), Jerry Weissman (原著), 武舎 るみ (翻訳), 武舎 広幸 (翻訳)


「心を動かす」プレゼンテーション―実例から学ぶ80のヒント

「心を動かす」プレゼンテーション―実例から学ぶ80のヒント

  • 作者: ジェリーワイズマン,Jerry Weissman,武舎るみ,武舎広幸
  • 出版社/メーカー: ピアソン桐原
  • 発売日: 2012/12
  • メディア: 単行本
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「えー、あー症候群」オバマ大統領も「患者」だった


ニューヨーク・タイムズ』紙の日曜版のクロスワード・パズルには、問題を解くヒントになる「全体のテーマ」が毎回掲げてあります。以前、「大ざっぱに言うと」というテーマの回があり、このときは何と答えの大半が「er(えー)」や「um(あー)」という音を含む単語でした。「えー」や「あー」は、話し言葉ではためらいを表す音にすぎず、意味を持たないため、「つなぎ言葉」などを呼ばれています。そして、プレゼンテーションでこれを連発すると、発表者にとっては致命傷となるおそれがあります。「頼りない発表者」という印象を与えかねないのです。


傑出した話術を認められているオバマ大統領でさえ、「えー」や「あー」を連発していたことがあります。それはプロンプター(演説の原稿を表示する機器)にも頼らず、メモも見ないで話すとき、例えば記者会見などです。大統領に就任してすぐのころは、そうした「えー」や「あー」の連発を、さんざんからかわれたものです。例えば、記者会見のビデオを切り刻んで「えー」や「あー」の部分を抜き取り、つなぎ合わせて一つの動画に仕立て上げたものが作られたりしました。CBSの深夜トーク・バラエティ番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』には、大統領を風刺するビデオのコーナーがありますが、ここでもレターマン自身が作ったオバマ大統領の「えー」や「あー」を集めたビデオが放送されたことがあります。


冒頭で紹介したクロスワード・パズルのテーマのとおり、「えー」や「あー」を連発する演説は、確かに綿密さや緻密さとは程遠く、「大ざっぱ」な印象を与えがちですが、イギリス人は、この「えー」や「あー」に対し、アメリカ人とは正反対の味方をしているようです。イギリス人の新聞『デイリー・テレグラフ』が、スコットランドの大学による次のような研究結果を報じていました。


スターリング大学エディンバラ大学の研究者が、文章の中に「er(えー)」や「um(あー)」を入れたものと、そうでないものを音読してボランティアの被験者に聴いてもらった。その後、被験者が聴いた文章をどの程度覚えているかを調べてみたところ、「『えー』を入れた文章は、聴き手の記憶に対し有意の好影響を及ぼす」という結果が出た。音読を聴いてから一時間以内に被験者が正しく思い出せた単語の文章全体に占める割合は、erを入れた文章の場合は六二%、入れなかった場合は五五%だった。この実験はその後二度繰り返されたが、結果は「統計的に有意」なものであったという。


大西洋のこちらのアメリカと向こうのイギリスでは、どうやら感じ方にずいぶん開きがあるようです。アメリカ人は「あー」や「えー」をプレゼンテーションのマイナス要素として忌み嫌い、何とかして言わないようにできないかと思い悩み、必死に解決法を探しているのですから。


残念ながらちまたの解決法の大半は、禁止事項を挙げた「べからず」系アドバイスにすぎません。例えば「『あー』と言うな!」と「『あー』と言ったら、二十五セントの罰金!」とか。爪噛みの癖を治したい人や、禁煙をしたい人に、こうした否定形のアドバイスをしたところで無駄です。同じように、プレゼンテーションの発表者にも効果はありません。「言うな」と言われれば、前よりかえって「あー」を頻発するようになるのがオチなのです。


一番簡単で、一番効果的なのは、語句と語句の切れ目に一拍間を置き、ひと息入れる方法です。ひと息入れているときには、声を出しません。試しに深呼吸をしながら「あー」と言ってみてください。


言えないでしょう?


オバマ大統領の解決策も同じでした。「えー」や「あー」のマイナス効果に気づいて、プロンプターにもメモにも頼れない記者会見では、巧みに間を置きながら話を進めるようにしたのです。いや、実際には、プロンプターを使った演説では、その仕組みから、この「間を置くテクニック」をいやでも実践させられる形となるのですが、それが思わぬ効果を生んだため、台本なしの記者会見にもそのテクニックを応用したという経緯があるのです。


プロンプターを使う場合は二枚の透明なマジック・ミラーにスクロールする原稿を写して、それを代わる代わる読んでいくので、演説をする人(この場合はオバマ大統領)は、片方のマジック・ミラーの原稿を読んでは顔の向きを変えてもう片方の原稿を読む、ということを繰り返さなければなりません。そのため、顔の向きを変えるたびに間を置くことになって、「えー」や「あー」を挟めないのです。普段の記者会見でも、これと同じように、語句と語句の切れ目を強調し、頻繁に間を置いたため、結果的に、プロンプターを使っての演説に負けないくらい説得力のあるリズミカルな語りができるようになったわけです。


シンプルでしょう? 「え−、あー症候群」を治すコツは「息をつぐこと」です。


オバマ大統領のあの有名なキャッチフレーズと同じです。「イエス、ユーキャン(もちろん、皆さんにもできます)」。