第1374冊目 「心を動かす」プレゼンテーション―実例から学ぶ80のヒント [単行本] ジェリー ワイズマン (著), Jerry Weissman (原著), 武舎 るみ (翻訳), 武舎 広幸 (翻訳)


「心を動かす」プレゼンテーション―実例から学ぶ80のヒント

「心を動かす」プレゼンテーション―実例から学ぶ80のヒント

  • 作者: ジェリーワイズマン,Jerry Weissman,武舎るみ,武舎広幸
  • 出版社/メーカー: ピアソン桐原
  • 発売日: 2012/12
  • メディア: 単行本
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非言語コミュニケーション 相手の目をしっかり見つめて


近年、大手新聞などの出版業界の注目を集めているものがあります。それは急速にライバル(そしておそらく後継メディア)となりつつある電子媒体を経由したコミュニケーション、特にソーシャル・ネットワーク・サービスです。デジタル通信が(組織の規模やプロとしての技量においては新聞にはとうてい太刀打ちできないものの)出版業界の領域を侵し始めていることは明らかです。


このような文化的変化の副次的影響を受けているのが、(特に若者の間での)対人コミュニケーションです。この傾向をテーマに掲げた「ジェネレーションY(一九七〇年代後半から一九九〇年前後までに生まれた世代)が非言語なサインを読めない理由」と題する記事が『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に掲載されました。それによると、「iPhoneとノートパソコンを使いこなし、一〇歳から今まで、さまざまなメッセージ・サービスに毎晩何時間も費やしてきた若者たちの文化が『テキスト依存の世界』を作り出した。この世界ではほぼすべての通信手段において、文字によるやりとりだけが行われている」のだそうです。


当事者たちはこのような人づきあいに何の疑問も感じていないのかもしれませんが、これはビジネスでは通用しません。ビジネスで決断を下す際に最も重要な要素は、一対一のコミュニケーションだからです。ビジネスではどんなやりとりにも「行為を求める側」と「行為を求められる側」がいます。販売、投資、提携、プロジェクトの認可などの目標を達成しようとするのが「行為を求める側」、そうした目標を認可したり拒絶したりするのが「行為を求められる側」です。求職者と雇用者の面接といった最も基本的なやりとりから、投資の勧誘など非常に難しいやりとりにいたるまで、常に最終決定の成否を左右するのは、「行為を求める側」が自分のメッセージを「行為を求められる側」に、面と向かって、いかにうまく伝えられるかです。


こうした力関係を如実に物語る好例が、投資の世界、それも対人コミュニケーションとインターネット・コミュニケーションの接点にあります。企業は自社株の新規公開を決定すると、アメリカ証券取引委員会にIPO(新規株式公開)を申請します。ここで重要な役割を果たすのが投資家向けの会社説明会、つまりその企業の経営陣が自社について説明するプレゼンテーションです。一つの企業が一〇を優に超える都市で一日に七、八回、二週間で合計七〇回から九〇回のプレゼンテーションをやり遂げるという超過密スケジュールです。


ところでアメリカでは二〇〇五年以降、IPO向け投資家説明会のプレゼンテーションとスライドがすべて「リテイル・ロードショー」というサイトで閲覧できるようになりました。画面は二分割されており、一方の画面には経営陣のプレゼンテーションの画像が、もう一方には発表者が話を進めながら切り替えるスライドが表示されています。このサイトはブラウザさえあればだれでも閲覧できます。しかし、このような便利なサイトがあるにもかかわらず、IPOを申請した企業では相変わらず経営陣を送り出し、二週間で七〇回から九〇回というハードな投資家説明会ツアーをやらせているのです。


こんなにたいへんなツアーを行うのは、なぜでしょうか。プレゼンテーションの動画だけを見て何百万ドル分も株を買おうと決断する投資家などありえないからです(IPOでは何百万ドル規模の売買は珍しいものではありません)。投資家は経営陣にじかに会って握手し、視線を合わせ、直接言葉を交わし合うことを望んでいます。


私はマサチューセッツ州に本拠を置くA123システムズ社をクライアントに迎え、IPOに向けた投資家説明会の準備を手伝ったことがあります。投資家説明会のツアー開始前には、投資銀行家による同社株の初値予想は一株あたり八ドルから九ドル五〇セントの間くらいでしたが、ツアーの終了後は一三ドル五〇セント(総取引値にすると三億八〇〇〇万ドル)の予想になりました。そして、公開初日の取引終了時点での株価は二〇ドル二九セントにもなったのです。


二週間の投資家説明会をやり遂げたのは同社の最高経営責任者デイブ・ビューと最高財務責任者マイク・ルビーノ。投資家たちに直接会い、握手をし、視線を合わせ、言葉を交わし合いました。


個人対個人のやりとりは「ひのき舞台」では大いにモノを言うのです。プレゼンテーションには毎回必ず皆さん自身が出向いてください。