第1277冊目 成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール [単行本] ダグ・レモフ (著), エリカ・ウールウェイ (著), ケイティ・イェッツイ (著)


成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール


少数のポイントに集中する


テニスがうまくなりたいと心から思っているとしよう。ずっとそう思ってきたが、いくらか財産を相続したので、スーパーコーチを雇うことにした。コーチは助ル・ボルグのヘッドハンドに、ラファエル・ナダルのセルリアンブールのシャツという格好で現れる――新旧混合のスタイルと、冷徹な目つき。彼はあらゆることを知っている。その知識をダウンロードできたら、いつも夢見てきたあじがれの選手になれる。しかし、最初のレッスンの数分がすぎたころ、雲行きが怪しくなってくる。「もう一度言うよ」とコーチは、ベースラインに立つ子供を見るような目で言う。「フォアハンドでやるべきことは9個。たったの9個だ」。どれほどがんばっても、あなたはその9個すべてを覚えることができない。コーチが何度くり返してもだ。ラケットを早く引く(その2)ことに集中すると、ネットに対して身体を垂直にする(その4)のを忘れて怒られる。あわててしたがうと、今度はフットワーク(その3)が攻撃の的になる。フットワークについて考えはじめると、ラケットのフォロースルー(その7)が必須だと釘を刺される。ネットのあなた側にたまったボールを拾うためにコーチが屈んだとき、「まぬけ」とつぶやいた気がするが、ぜったいに気のせいではない。


何をすべきか知っているということは、実際にやることからはほど遠い。消化できる量を少しずつ与えなければ、知識が学習の妨げになることもある。ここがスーパーコーチの問題点だ――一度に9個のことに気を配れと求めるのは、無理もいいところだ。とはいえ、彼だけではなく多くの人々(著者3人を含む)が。一度に大量のフフィードバックを与えがちだ。選手であれ、従業員やチームメイトや子供であれ、ひとつかふたつを超える具体的なことに集中しようとすると、注意力は散漫になって弱まってしまう。皮肉にも、それで成果が下がってしまうこともあるのだ。


コーチングの鍵のひとつは、自制して少数のポイントに集中することだ。わが子の「月光のソナタ」の演奏に明らかによくない点が15ほど見つかっても、もっとも重要なふたつだけを伝え、ほかのことはあえて言わない。これは非常にむずかしい。教えればいい気分になるし、多くのことを共有できるからだ。しかし最終的には、なんでも知っている目立ちたがり屋のボスになるか、または部下にいちばん必要なふたつのスキルに集中させる育成上手のボスになるかを選ばなければならない。すべてを共有しても骨折り損になる。本当に上達したいなら、スーパーコーチにもそう言ってやるべきなのだ。


個別のコーチングでは、自分のなかの「達人」を抑えて少数のことに集中するのが課題だが、それを職場に当てはめると、フィードバックの組み立て方を考え直すということになる。職場における指導の達人は、そもそもフィードバックを与える時間をどうやって見つけるのだろう。まして慎重に計画され、優先順位のついたフィード漠など可能なのだろうか。教育界ではこれがとりわけ問題で、校長が教師たちと教育について話し合う時間をとれないという悲しい話をよく聞く。これを裏づけるのが最近マイアミ州でおこなわれた調査で、マイアミ州の学校の校長が授業を見学する時間は、就労時間のおよそ8%という結果が出ている。8%の時間だけ試合を観察するコーチというのを想像してみてほしい。


フィード漠は慎重かつ戦略的におこなわなければならない。私たちはみずからの学校でこれを実践しようと、ロジスティクスの課題に取り組んだ。ほぼすべての教師が定期的にフィードバックを受ける。通常は2、3週に1回、校長か、この計画を始めたリーダーシップ・チームから受けるようにしたが、多くはそれ以上の頻度でフィードバックを得る。内容は形式ばらず、教師を支えるようなもので、(フィードバックのループを短くするために)授業が終わった直後、強みに着目したコメントと、改善すべき点が少しずつ伝えられる。仲間や上司など、さまざまな人からのフィードバックになるが、推測できるとおり、これは優先順位づけと数を制限する観点からはかならずしも得策ではない。多くの「コーチ」や「達人」がフィードバックを頻繁に与えれば、教師が大量の情報に溺れてしまうおそれがある。


そこで私たちは、同僚のポール・バンブリック-サントーヨが考案したツールを使う。これはフィードバックを組織的におこなうものだ。フィードバックを与える校長、学部長、学生主任が相談して、対象の教師が取り組むべき最重要課題をふたつ(強みか弱みにもとづくもの)決め、フィードバックの9割をそのふたつに関連したことにする。この方式は、ほぼどんな組織でもわりあい簡単に採用できるだろう。あるチームメンバーがめざすべきものを相談して決めておき、フィードバックを与える側は、ほかのトピックは避け、その最重要課題に集中してフィードバックするのだ。