第1269冊目 プレゼンテーションの教科書 増補版 [単行本] 脇山 真治 (著), 日経デザイン (編集)


プレゼンテーションの教科書 増補版

プレゼンテーションの教科書 増補版


話すことばの技術


プレゼンテーションの基本は「ことば」である。プレゼンテーションの技術的な側面からみても、ことばは不可欠な要素である。もちろんここでは「話しことば」をさすが、説得力とは決して話し方のテクニックで醸成されるものではなく、内容に対する愛情や深い理解、あるいは言葉をことばを通して伝わってくる人間的な魅力など多くの要因がある。なかなか話す技術に長けたプレゼンターは少ないもので、「技術不足は熱意でカバーする」というのが通則のようである。


すぐれた企画や報告は、プレゼンターのことばを通して加工されることでイメージがふくらんで内容の厚みが増し、付加価値をもった情報として伝わっていく。手元にある企画書や報告はあくまでも書きことばだが、それがどんなに優れたことばで書かれていて、それをいかにうまく「読んだ」としても、結局は「書きことばを読んだ
」にすぎない。説得にかかる人格育成や人間的な魅力を磨くことは別の専門書にゆだねるが、ここではプレゼンテーションにおける話しことばの技術について、聞き手の立場から考えられる12のポイントを指摘したい。


その前に、プレゼンターが登壇して発表あるいは講演する時点で次の三つの作業をすでに完了したうえで、本番に向かっていることが不可欠である。

  1. プレゼンテーションの主旨と内容を理解しておく
  2. 聞き手や会場の状況を事前に知って、その場に適切な準備を行い、雰囲気をつくる
  3. 企画書や報告書、あるいは講演原稿を、的確な話しことばに置き換える工夫をする


そして以下に列記した12項目はメッセージの中身、ことばに託された内容ではなく、ことばを取り巻くさまざまな音声要素である。これは「パラ・ランゲージ(周辺言語)」といわれ、声の大きさやイントネーションなどをさす。メッセージがどれほど正確にかつ効果的に伝わるかを大きく左右する、プレゼンテーションの成功には不可欠な技術要素である。

①強調。聞き手が考えたり、予測するひまはほとんどない。そのようなエネルギーを使わせること自体、相手への配慮に欠けるというものだ。だから重要度の設定は聞き手ではなく、プレゼンターが行わなければならない。固有名詞、数量、否定と肯定の区別など、いわざ「ことばのアンダーライン」うや「ことばのゴジック体」を伝えること。


②際立て。プレゼンターはセンテンスの中でほかと区別して重要な部分はどこなのか、そこを際立たせるためにどこを抑えるのかを判断しなければならない。技術的には重要な部分をしゃべる速度を落とす、語調を変える、前後に間をおく、発音を強める、重要語を反復するなどの方法がある。ユーモラスなしゃばりから、一転してまじめな語り口になりポイントを押さえていく…などの方法も有効だ。際立たせるキーワードを明らかにすることと理解すればよい。たとえば「あの事件では、犯人の容疑は傷害致死ではなく、犯人にきりかえられたのです」というふうに。


③間。適切な「間(ポーズ)」の挿入は、緊張感を増幅したり、次に出てくることばへの期待感を高めたり、不安感をあおったり、意図的にストレスを付加するといった効果をもたらす。落語の間でもわかるように、多くは心的に強い影響力をもち、ことばによる刺激の連続性を立つことで、聞き手に瞬間的に不安定な状態に陥らせてしまう。「イチローが優れた成績を残している要因は、努力なさることながらそれは……(間)」技術です」と使う。


④強調の入れ替え。強調は必ずしも大きな声を必要としない。むしろ重要だからこそ小さな声で話すことが効果的であることがある。すなわち聞き耳を立てないと聞き取れない状態にしておいて、聞き手の集中度を高めるのである。「(普通に)久しぶりに博多に来ましたけれど、(小声で)中洲でいい店を見つけましたよ」というふうに。


⑤抑揚。いわゆるイントネーションである。話の中の文章や単語に抑揚をつけることによって、説得力を増すことができる。基本的には強調は上げ気味で、ひかえるところは下げるが、一つの単語の中でも微妙な抑揚で変化をつけることがある。比較的単調な話し方をするプレゼンターには演技力を伴った訓練が必要だが、自らの思い入れのある部分は自然に上げ気味のしゃべりになる恐れがある。「あの店は前菜も肉料理もうまかったけれど、デザートだけは(抑揚をつけて)まずい、まずい
!」。


⑥緩急。重要だと思われるところや、聞き手にしっかりと聞きとってほしいところはていねいにゆっくりと話をする。また余談、ジョーク、つなぎのことばなどは流し気味にさっと進める。このようにプレゼンターが緩急を使い分けることで、聞き手は話題の要点や、重要度の優先順位をつけることができる。


⑦速度。プレゼンターにはそれぞれ自分が心地よく話すことのできる速度がある。しかしながらプレゼンテーションは的確なメッセージの伝達を旨とするために、話す速度を聞き手の都合にあわせる必要が出てくる。それは聞き手の理解度、予備知識、年齢、職業などによって速度の方針を検討し、最終的には題材の硬軟や難易度、内容や使用する用語の専門性、既知事項の多寡などによって調整して、最大のプレゼンテーション効果を引き出さなければならない。


⑧硬さとやわらかさ。これもプレゼンターの声の属性といえるが、歯切れのよいシャープなしゃべり、甘いしゃべり、情熱的で積極的なしゃべり、淡々としたクールなしゃべりといったふうに区別できるだろう。講演やエンターテイメントではプレゼンターの個性がそのまま生きるようなしゃべりでも問題ないが、ビジネス・プレゼンテーションでの説得や説明の場面では、ほどよい切れ味とホットなトーンが好まれる。


⑨明暗。ことば全体に漂うムードを意図的に操作することによって、印象度を変化させ、プレゼンテーションの効果をあげる。明暗とは文字どおり明るさの違いだが、ビジネス・プレゼンテーションでは「暗」だけのトーンでしゃべることはほとんどないだろう。実際には、明るい部類の話し方の中で、そのレベルを調整すると理解したい。


心理的なニュアンス。話す技術の組み合わせとして、聞き手の感情を少しずつ変化させながら、ある方向に誘導していくという高度なテクニックがある。ある程度の時間経過が必要で、場合によってはプレゼンテーションの結末にむけて意図して演出する時もある。気持ちをあおっていく、徐々に落ち着かせる、緊張感を高めていく、賛同の意思を固めていくなどである。


⑪具体化と象徴化。暗にほのめかす話、比ゆ的で想像力をかきたてる表現、引用、たとえ話し、間接・直接話法を織り交ぜながら、プレゼンテーションを分かりやすくし、説得力を増すための総合的な話法である。


⑫聞き手の聴力に応じた設定。聞き手の聴力とは、心の準備や専門性、理解性など、話しを聞く問題意識やプレゼンテーションにかかわる態度のことをいう。プレゼンターは聞き手の聴力を理解したうえで、それにもっっとも適合するようにしゃべる。さらにプレゼンテーションが進行していく中で、聞き手の緊張感の変化や、興味の有無、納得の度合いなどを察知して、話題の順序を置き換えたり削除したり、話法やしゃべりのリズムを適切に変化させなくてはならない。


いうまでもなくパラ・ランゲージはことばの内容と適切に連携して初めて効果を発揮する。また、プレゼンターのしゃべりが説得力を増すためには、これらの12項目を単独で行うのではなく、複数の要素を混ぜながら微妙なサジ加減で説明に厚みを持たせることが大事である。これらは事前の計画段階で発表原稿の中に「ト書き」されている場合と、訓練によって自然に発話できる部分とがある。しかし、いずれにしても技術の理屈がわかったからといって、短期間で習得できるものではない。


ひごろの挨拶や報告会など小規模のプレゼンテーションの機会を積極的に活用しながら技術をみがす努力を心がけたい。また話す技術を使いこなすうえでは必ずしも必要要件ではないが、ある種の「演技力」を付加することによってプレゼンテーションの迫力と精度が増すことは間違いないだろう。