第1267冊目 武器としての交渉思考 (星海社新書) [新書] 瀧本 哲史 (著)


武器としての交渉思考 (星海社新書)

武器としての交渉思考 (星海社新書)


シリコンバレーにスーツ姿で出向く日本人


つぎに「ドレスコード」です。


ドレスコードとは本来、パーティーなどに出席する際に主催者から求められる服装のことを言いますが、交渉においては、単なる外見に加えて「非言語的メッセージを与えるものすべて」を指します。


たとえば表情や仕草もそうですし、「メンバーそれぞれの関係性をどう見せるか」「どんな雰囲気でミーティングを進めるか」によっても、交渉はまったく違うものになります。


カジュアルな雰囲気で友好的に話し合うのか?


それとも、多少ケンカになってもいいので戦闘的にいくのか?


そういった「モード」についてもメンバー間でマインドが統一されていなければ、相手にこちら側の意思を正確に伝えることはできないでしょう。


相手に与える印象は、見た目のビジュアルが作り出すモードによって、だいぶ皮ってきます。だから、意識的に使い分けないとダメです。


私も最近、メディアに出るようになりましたが、どんな媒体に出るかによって「意外といい人モード」「びしびしモノを言うモード」などを切り替えており、取材や収録に着ていく服や、雑誌などに掲載する写真(笑顔か真剣な表情か、など)も、そのモードに合ったものを逐一選択するようにしています。


とくに、交渉時の服装はかなり重要なポイントになります。


交渉における服装の重要さを示すもっとも有名な話は、孫正義氏のソフトバンクが米国のヤフーに投資したときのエピソードでしょう。


当時、ソフトバンク以外にもいくつかの日本の会社がヤフーに投資したいと考えていました。彼らは米国のヤフーを何度も訪れて、投資の交渉を行いましたが、どの会社の担当者もスーツを着て、押しかけたと言います。


ヤフー側はそのたびに「きわめて日本的だなあ」と思っていたそうです。


しかし、ソフトバンクだけがシリコンバレーの文化を理解しており、あえてラフな格好で交渉にのぞみました。


その結果、ヤフーの創業者であるジェリー・ヤンは「この人たちは自分たちと価値観が近い」と判断し、投資を受け入れたのです。


このように、服装というのは交渉においてきわめて重要な意味を持ちます。


ビジネスの交渉であれば、白以外のシャツがNGの会社もありますし、社員全員がTシャツにジーンズという会社もあるでしょう。


私の場合、交渉のときにはダークスーツに赤いネクタイを締めて行くようにしています。アメリカの大統領候補はみんな赤いネクタイを締めていますが、赤という色は色彩心理学的にとても相手に強い印象を与えて、情熱的で自信があるイメージを植え付けます。


交渉のときにも、「手強い相手である」と印象づけられるのです。


その逆に、ある会社を買収する交渉に出向いたときには、こちらがあまりお金を持っていないと先方に見なしてほしかったので、メンバー全員がシワの寄った安いスーツを着て行きました。


それくらい、服装には気を遣わなければならないのです。その日の朝に乾いていた洋服を何も考えずに着ていくなんて論外ですし、チーム全員で服装のモードを統一しておくためには事前の意思疎通も必要です。


とはいえ、そこまで注意している人はあまりいないでしょう。最初は気にしていても、だんだんと慣れてきて、惰性で服を選ぶようになります。


だからこそ、ここで差がつくのです。