第1265冊目 プレゼンテーションの教科書 増補版 [単行本] 脇山 真治 (著), 日経デザイン (編集)


プレゼンテーションの教科書 増補版

プレゼンテーションの教科書 増補版


アイコンタクト


アイコンタクトは説得の技術という視点が書かれることがあるが、実際にはテクニックというよりむしろ人間的、心理的な側面が多い行為なので、このP3の章で解説することにする。プレゼンターは自分の存在を通して有能でかつ評価に値する人物であることを示す必要がある。それは人物評価が報告や提案の本質的な評価に影響を及ぼすことを知っているからである。このとき、プレゼンターに欠かせない非言語行動の一つにアイコンタクトがある。


アイコンタクトは互いの目を通した接触、すなわちプレゼンターが聞き手に対して視線をあわせること(視線の一致)をいう。一般的にアイコンタクトは次のような機能と目的をもっている。


①意思の表出と伝達。
いま話をしている内容に関して熱意と愛情をもっており、誠心誠意とりくんでいるのだという強い意思を表す。メッセージは何の迷いもなく自信をもって発せられているという意味を表出する。


②相手の状況や意図の読みとり。
これはプレゼンターが発信するメッセージに対する反応を見極める機能である。真意が伝わっているのか、理解されているか、退屈でないのかといった情報収集を行い、その結果を瞬時に分析して、次のことばの選択、態度、場合によってはプログラムの順序などの修正を行いながら、より適切な方向に修正する契機となる。


③好意と敵意などの感情表出。
特定の相手へのアイコンタクトが全くない状態は、無関心、無視、敵意ととられる。適切なアイコンタクトは好意の表れであり、聞き手に対して心を開き関心を抱いているという証である。


④相互の調整機能。
これはメッセージの開始や終了を伝えるための機能であり、コミュニケーションを円滑にする。特に質疑応答のような一対一の場面で有効である。アイコンタクトの開始はメッセージの始まりであり、アイコンタクトの完了はメッセージの終わりであると強く意識したい。


プレゼンター側のアイコンタクトは、聞き手と良好な人間関係をもちたいとおいう本質的な思いに根ざしているはずだ。したがって自然体のアイコンタクトは自信の表れであり、誠実さと正直な態度、意欲の証でもある。聞き手のアイコンタクトには、内容に対する注意の度合い、疑問、退屈、あるいは無関心といった状況が表れやすい。したがって前述の4つの側面は、視線を一致させることでこれらを瞬時に表示しあるいは感じとる機能であり、プレゼンターと聞き手が相互に観察しあう接点が、まさにアイコンタクトである。


ほかの書籍に書かれた、代表的な「アイコンタクト・テクニック」を見てみたい。「ただ漠然と聞き手を見るのではなく、常に聞き手の目を見る」「一つのセンテンスの間は、一人の人を見る」「最前列からアイコンタクトを始めて、左右をジグザグに手前に移動する」


形式的にはこうなるだろうが、決して形式論で片付けるような話ではない。1対1のアイコンタクトが続くと、不要な緊張感をともない、ついには聞き手に不快感を与えてしまうだろう。絵に描いたようなジグザグの視線移動が続くと、退屈さを誘発しかねない。アイコンタクトには発するメッセージの優越性、自信、愛情、聞き手の便益、感動といった言外の情報や心意気、思いやりを視線にのせるという認識が必要だ。その意味でもアイコンタクトを形だけ真似ても気持ちが伝わるはずもない。


アイコンタクトは対人関係における自然の行為とはいえ、プレゼンテーションのおいて効果的な活用法を修得するためにはある程度の訓練を要する。一人の相手の目を見る段階までは、照れや恥じらいを克服すれば難しいことではないが、プレゼンテーションの対人関係は1対複数である点が特徴だ。


ビジネス・プレゼンテーションの場合、聞き手は座席は会社の序列で決まることが多く、そのことが事前にわかっているときや、キーマンの顔をあらかじめ知っているときは、特定の席や人物へのアイコンタクトを多くすべきだ。


講演会は基本的に自由席なので、最前列から最後列まで序列はない。聞き手の座席の位置は偶然の結果なので、すべての人に等しく接する精神をもってプレゼンテーションを実施する気持ちを大切にしたいものだ。目のもつ説得力は非常に大きいが、もちろんプレゼンターの顔の表情や全身から感じる雰囲気などと相乗させながら視線のエネルギーを最大限に活用したい。