第1187冊目 学び続ける力 (講談社現代新書) 池上彰 (著)
- 作者: 池上彰
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ビジネス小説の魅力
自分が実際には体験できないことを追体験する。それが読書の醍醐味だとという話をしましたが、その典型例がビジネス小説でしょう。さまざまな産業や企業を舞台にした人生模様が描かれます。
商社の海外駐在員がどんな暮らしをしているのか。銀行の支店の現場では、預金集めや融資の審査がどう行われているのか。下町の中小企業の工場で働く人たちの誇りと挫折。そういう人生や企業社会の仕組みを知ることができるのがビジネス小説の世界です。
こうした小説は、エンターテイメントとして楽しく読んでいくうちに、多くの知識が得られます。と同時に、自分が主人公だったら、こういう難局をどう乗り切るか。二者択一の場面でどちらを選ぶか。生き方の問題として考える材料にもなります。
ビジネス小説は、企業小説とも経済小説とも呼ばれます。大御所としては、城山三郎の名が挙げられます。一九五八年発表の「総会屋錦城」は、直木賞を受賞するなど話題になりました。これは、いわゆる総会屋の生態を人々に知らしめました。「総会屋」という存在も、警察や検察の取り締まりにより、めっきり姿を消しました。狙った企業のスキャンダルを握り、株を取得して「株主総会で追及するぞ」と脅して資金や便宜を得る一団のことです。企業を舞台にした小説を発表し、経済小説の草分けとして活躍、その後も多くの作品を発表しました。
梶山季之の「黒の試走車」は、私に自動車業界での産業スパイの存在を教えてくれました。スパイは何もCIAやKGBばかりではないのです。
戦後社会の裏側を描く長編小説を次々に発表してきた山崎豊子もはずせません。銀行を舞台にした「華麗なる一族」、商社を舞台にした「不毛地帯」は話題を呼びましたが、中でも医学界を題材にした「白い巨塔」は、四度にわたってテレビドラマ化されました。日本航空を題材にした「沈まぬ太陽」は、人間としての生き方を読者に考えさせるものです。
こうした企業小説の多くは、綿密な取材にもとづきながらも架空の企業を舞台にすることで、かえって真実を伝えたり、感動を呼んだりする作品に仕上がっています。「これはどこの企業の誰をモデルにしているのか?」との興味で読むことも可能です。
こうしたモデル小説で高い評価を得た作家には、清水一行、高杉良、先に述べた城山三郎などの存在があります。
たとえば高杉良の作品を紹介しますと、「虚構の城」は出光興産がモデルです。「大逆転!」は三菱銀行と第一銀行の合併交渉をモデルにしています。いったんは合併が実現しそうになった段階で、新聞が報道して事情を知った従業員が反対運動を展開。合併にいたらなかった事件を描いています。その後、両校とも合併をくり返し、三菱銀行は三菱東京UFJ銀行に、第一銀行はみずほ銀行になっています。
「覇権への疾走 ドキュメント・ノベル日産自動車」は、日産自動車が、なぜ経営が傾いていったのかを知る材料になります。結局、ルノーのカルロス・ゴーンによって荒療治が行われ、再生するのです。
「小説 日本興業銀行」は中山素平の存在を広く世に知らしめるものとなりました。
一九九〇年代後半に日本で起きた金融業界をめぐるさまざまな事件をモデルにした「金融腐蝕列島」シリーズは、当時のことを知らない人にとっての入門編になります。
このほか、自らがサラリーマンとして働いた経験を持ち、自分が属していた企業や産業を小説にした作家としては、山田智彦(銀行)、深田祐介(航空)、安土敏(スーパーマーケット)、江波戸哲夫(銀行)、高任和夫(銀行)、池井戸潤(銀行)、江上剛(銀行)などの各氏の小説が読ませます。
池井戸潤は、当初から銀行を舞台にした推理小説を書いていたのですが、その後、「空飛ぶダイヤ」から作風を転換。企業社会で働く人々の哀愁を描いています。
真山仁は、「ハゲタカ」で、いわゆるヘッジファンドを取り上げ、NHKでドラマ化されて話題になりました。地熱発電を題材にした「マグマ」は、原発事故以降のエネルギー問題を考える点で先駆的な作品です。
- 作者: 真山仁
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