第1126冊目  自助論 (知的生きかた文庫)竹内 均 (著), S・スマイルズ (著)


自助論 (知的生きかた文庫)

自助論 (知的生きかた文庫)


「勤勉」を味方にしている人間は強い


文学の分野でも、ビュフォンのような例は多い。その最もたる人物はウォルター・スコットであろう。


若き日のスコットは、法律事務所で文書の筆写という雑役同然の仕事を長く続けていた。彼が創作に打ちこむ姿勢には、この時の経験が大いに生かされている。


法律事務所では、毎日がうんざりするような仕事のくりかえしだたっため、スコットには自分自身の時間がもてる夜の間が何よりの慰めとなった。そして彼は、深夜まで読書と勉強に専心した。「われわれ文学者には勤勉な態度というものがしばしば欠けているが、それを身につけることができたのも、退屈な事務所勤めのおかげだった」とスコットは述べているほどだ。


文書に筆写は、一枚につき三ペンスの収入になった。彼は、時には残業してまで二時間で一二〇枚の文書を書き写し、三〇シリング以上も得ることがあった。その書物をかるためにあてがわれたら、そうでもしなければ、彼にはとうてい本を手に入れる余裕などなかったのだ。


後年のスコットあh、自分が実務家であることを常に誇りにしていた。「天才は日常のありふれた仕事を嫌い、軽蔑するものだ」などと聞いたふうなことを語る詩人連中に、彼はきっぱりと反論した。彼の説によれば、むしろ日々のありふれた仕事をきとんを果たしていくことで、人間はより高い能力を身につけるものなのだ。


エジンバラ最高民主裁判所の書記として働いていたときも、スコットは文学の執筆の大半を朝食前にすませ、昼間は裁判所で登記の事務や各種文書の執筆の筆写の任にあたっていた。


『スコット伝』を著した義理の息子ロックハートは「スコットの生涯で特筆すべき点は、最も文学に打ちこんだ時期でさえ、少なくとも半年以上にわたって一日の大部分を書記の仕事に費やしていたことだ」と書いている。収入は日常の仕事から得るものであり、文学を生計の糧をはしない――これはスコットが自分自身に課した生活の指針であった。彼はこう語る。


「文学は、私の精神の支えであっても生活の支えではない。いくら私の作品が売れたとしても、できることならその金を生活費に回したりはしたくないのだ」