第1214冊目 武器としての交渉思考 (星海社新書) [新書]瀧本 哲史 (著)
- 作者: 瀧本哲史
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/06/26
- メディア: 新書
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言葉は最大の「武器」
本書では、交渉についてさまざまな角度から語ってきました。
しかし、私が本当にひとつだけ、これだけはみなさんに覚えておいてほしいということを明記するならば、それは「言葉こそが最大の武器である」ということになります。
このことが伝われば、本書の目的はほとんど達成したも同然です。
みなさんがふだんの生活でふつうに使っている言葉には、すさまじいパワーが秘められており、その使い方を磨くことで、とても大きなことを成し遂げることができるのです。
私は大学に在学中、弁論部に所属していました。
東大弁論部は、旧制第一高等学校以来の伝統があり、学制の改革によっていまの東京大学が設立される以前からあった組織です。
つまり、ある意味、東大の歴史よりも弁論部の歴史のほうが長いのですが、多くの人には具体的にはどんな活動をしているのか知られていません。
「いったいどういうことをやっているの?」と部外の人に聞かれたとき、いつも私は「言語に関する研究を行うサークルです」と答えていました。
日本人であれば、日本語はだいたい誰でもふつうに使えます。日常生活で困ることもありません。それなのになぜ、わざわざ言語を研究する必要があるのか?
それは、「日本人は、日本語という単一言語を話す国民である」と思われていますが、じつはそうではないからです。
現実には、年代、性別、社会階層、地域、仕事の業界、属している文化圏ごとに、まったく違う日本語が使われています。
たとえば金融業界には、金融の世界だけで通じる言葉をあえて使うことで、部外者を排除しています。また法律学を学ぶとは、つまるところ「法律の用語」を学ぶこととほぼイコールです。
経済学も「経済用語」を学ぶことと言ってもいいですし、その他の学問分野でも、対象領域で使われる言葉を学ぶことが必須となります。
つまり、ある分野でプロフェッショナルになろうと思うのであれば、その業界で使われる言葉を、外国語で学ぶような意識で習得することが大事なわけです。
そういう業界用語を「ジャーゴン」と呼びますが、あらゆる組織で人々はジャーゴンを使うことによって、自分たちの「仲間」かどうかを判断している側面があります。
渋谷で女子高生が話している言葉も、彼女たちが仲間を識別するためのジャーゴンであるわけです。
しかし、気をつけなければならないことがあります。それは「ジャーゴンだけを使っていては、自分が属する社会のなかから出ることができない」ということです。
自分と属する組織が違う相手、違う言葉を使い人とコミュニケーションをはかるためには、相手の土俵に立って、相手に通じる言葉で話さなければなりません。
自分の外部にいる「他者」とつながり、連携し、行動をともに起こすためには、外部で話されている言葉を学ぶと同時に、自分の言葉も相手に届くように、磨き続けなければならないのです。
それを実践して見せてくれたのが、第44代アメリカ大統領の、バラク・オバマ氏です。
彼はもともと弁護士業をするかたわら、貧困層を支援する活動を続けていました。その活動をするなかで、アメリカのメインストリームに属していないため、政策に声が届けられずにいる人々がたくさんいることを知り、やがて彼らの声をまとめて地元の議員に届け、生活改善のための政策立案を促すようになります。
このコミュニティ・オーガナイザーと呼ばれる仕事を通じて、オバマ氏は人々を組織化し、要望を拾い上げ、支援を集めていく手腕を培っていきました。
そのためにたいへん役立ったのが、彼のスピーチのうまさです。
オバマ氏はそれまで政治にほとんど関心がなかった若者やマイノリティ層の人々に対して、団結することを呼びかけ、少額の献金を集めて、政府が無視することのできない勢力へと育て上げました。
そして最終的に、彼の演説のもとに集まった人々は、大統領に当選するだけの票の数となったのです。
このことから「オバマはスピーチがうまいだけで大統領になった」という人がいますが、話はまったく逆です。「言葉に力がある」ということは、つまりアメリカ合衆国の大統領になれるほどの力となるということなのです。