第1205冊目 聞く力―心をひらく35のヒント (文春新書) [新書] 阿川 佐和子 (著)
- 作者: 阿川佐和子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/01/20
- メディア: 新書
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お決まりの話にならないように
人物インタビューをする際、前もってその人に関する資料や作品に目を通す目的は、もちろんその人についての基本的データを把握しておくことではありますが、その他にもいくつかの目的があります。
一つは、その人物が他の場で、すでにどれほど同じ話をしているか確かめること。つまり、その人にとってその話は、常に質問されるテーマであり、その質問に対する答えを何度も繰り返すうちに、だんだん答えが固定化されている可能性があるのです。
私自身、仕事を始めて以来、必ずと言ってよいほどに聞かれる質問があります。
「仕事を始めたきっかけは?」
私はそもそも社会に出て仕事をするなんて、まったく考えてもおりませんでした。前にも触れたように、家族の間ではまことに知識、教養に欠け、特別秀でた才能があるわけでもなし、したいことがあるわけでもなしとの定評でした。そんな娘はいっさといい人を見つけて結婚し、家庭に入ることが何よりのシアワセであろう。両親も私自身も、そう思って疑いませんでしたから、
「就職? 会社に入ってなにができるの? ましここの不景気な時代(第一次オイルショックの後)に無能な私がたとえ幸運に就職できたとしても、きっとお茶汲み、コピー取りぐらいの役にしか立たないでしょう。しかも、数年働いたら結婚するんだし(と、当時は信じていた)。そんなことでは会社に失礼だろう。いっそ就職せず、結婚後もささやかな内職になるよう技術を身につけたほうがいんじゃないかしら」
こうした私は、子供の頃から憧れていた編み物や織物の勉強を始め、同時にお見合いに精を出したのです。が、いずももままならず、挫折。そんなとき、たまたまテレビ局から「レポーターをやってみないか」と誘われたのが、仕事を始めるきっかけとなりました。
多少の言い回しの違いはあるにしろ、答えはいつも同じようなものです。自分で話していても、飽きてしまいそうですが、他の答えがないからしかたがない。
この質問も、何度もされました。
「なぜ、結婚しないのですか?」
それはまあ、幼い頃から結婚こそが人生の最大目的で、当然、私はすると信じていたのですが、なぜかと聞かれると、自分でもよくわかりません。そんな答え方をすると、続いて必ず、
「高望みなんじゃないですか?」
「そんなことありませんよ。そりゃ若い頃は、背が高い人がいいとか、理系の人が理想だとか、いろいろ条件をつけていましたが、今やもう、『ズボンはいてりゃ、誰だっていいだろう』と父に言われてしまうほどですよ。自分でも最近、どんどんハードルが低くなっていますもん」
こんな話をしていた頃が、懐かしいですね。もはや、そんな質問をされることもめったになくなりました。されるとすれば、こんな具合ですから。
「なぜ、結婚しなかったんですか?
すっかり過去形にされている。そして続く言葉はこんな言葉。
「大丈夫ですよ。アガワさん、まだお若いんですから」
本当に「お若い」ときは、誰も「お若い」なんて、言わないのにね。
話がそれました。とまあ、そんなふうに誰もが、「お決まりの質問」と、それに対する「お決まりの答え」を持っているはずです。もちろん「お決まり」になるだけあって、その質問は重要であり、誰もが疑問に思うこと。だからこそ「外せない質問」なのです。
そこで私はいつもスタッフとともに考えます。「外せない質問」ではある。だから今回も聞かなければいけない。でも、どうせ聞くなら、「お決まりの答え」にならないようにしたい。
この希望に対する明確な答えは、正直に言って、ありません。ただ、もし同じ答えが返ってきたとしても、その答えをできるだけ膨らませる努力はしたいと思います。たとえばアガワがゲストだっとしてですね。
「若い頃は背が高い人がいい」と言っている。ならば、「なぜ、背が高い人がいいと思ってらしたんですか」と、私が質問者だったら聞くでしょう。そう聞かれたアガワは、
「だって私が背が低いから。どうしても自分にないものを望むんでしょうね。生まれてくる子供のためとか、潜在意識のなかにあったのかもしれません」
「じゃあ、今まで高いボーイフレンドばっかりだったんですか」
「そんなことはないけれど、一度、身長差三十五センチくらいの人とお付き合いしたことがありました。手をつなぐとね、なんだか幼児がパパに手を引っ張ってもらってるみたいで、情けなかった。声も遠くてよく聞こえないから、上を見上げてよく『え?』って聞き返してましたよ。そしたら彼、私と話をするときは膝を曲げたり、側溝に足を入れたりしてましたっけ」
「ズボンはいてりゃ、誰だっていいだおろって、お父さんがおっしゃったのは、いくつぐらいのときですか」
「二十代後半になってからでしょうか。とにかく二十代前半の頃は、『結婚は早すぎる』とか言って、男の子と出かけるだけでキンキンカンカン怒ってたくせに、私が二十七歳になったとき、忘れもしない、父がこう言ったんですよ。『二十七といやあ、歌舞伎の世界では老婆だ』酷いでしょう。その頃から、『いちいちケチをつけてないで、ズボンはいてりゃ誰だっていいだろう』と言い出したんだと思いますね。
まあ、こんな話はたいしておもしろくないかもしれませんけど、これは一つの例ですから。こんなふうに、「これはお決まりの答えだな」と思ったら、その答えの中をグチャグチャ探って細かく分析し、しつこく食いついていけば、きっと新たなエピソードが発掘されるはずです。