第1060冊目  武器としての交渉思考 (星海社新書) [新書]瀧本 哲史 (著)

武器としての交渉思考 (星海社新書)

武器としての交渉思考 (星海社新書)


どうすれば給料を上げることができるのか?


バトナについてより具体的に理解するために、つぎの問題を考えてみましょう。

練習問題
営業担当のAさんは、社内でもトップクラスの営業成績をあげています。しかし、同期の社員と給料にまったく差がなく、不満に感じていたので、社長と上司に掛け合い、給料10%アップの確約を取りつけました。これは、社内規定でいえば最高の上げ幅になります。年俸でいうと50万円ぐらいの昇給ですが、Aさんは100万円はアップしてもらいたいと思っています。Aさんはこの提示を満足して受け入れるべきでしょうか? それとも、満足できないとすれば、どういう条件を相手に提示すればよいでしょうか?

考える時間:3分


この課題はきわめて実践的です。明日からでもすぐに使えるノウハウが凝縮されています。もっとも、みなさんの勤める会社の社長は困ってしまうかもしれませんが……。


Aさんの立場に立ったとき、会社からの昇給オファーを受け入れるべきかどうかの基準は、他社と比べてどうか、という視点で決まってきます。

つまり、「同業他社でAさんが同じ成績をあげとして、どれぐらいの給料のオファーがあるか」という「バトナ」の存在が、まずはポイントになってくるのです。

Aさんは仮に他の会社に移るという選択をした場合と、自社に残った場合、その金額を比較することで、交渉の落とし所を探ることができます。

他社がもっと良い給与を出す可能性が高いのだとすれば(バトナのほうが現在の条件より良いのだとすれば)、Aさんは交渉から降りたとしても問題はありません。

無理して会社と合意する理由がないわけです。

だから上司に「私はこういう理由で合意する必要がありません」という、ある種の「脅し」をすることもできるようになります。

それでは、昇給率が「10%」ではなく「11%」ならばいいのかというえば、それも違います。なぜかといえば「Aさんを雇わなかった場合にその会社が失うものが、もっと大きいかもしれない」からです。

Aさんが会社にもたらしている利益が、年鑑3000万円だっととしましょう。

すると、Aさんに与える「給料のプラス100万円」をケチったためにAさんが辞めてしまって、その結果、3000万円の利益を失うぐらいならば、Aさんに100万円を支払うことは合理的な判断となります。

しかし当然ながら、交渉となれば、会社側も自分たちのバトナを探して比較してくるでしょう。

Aさんを雇わずとも、同じくらいの営業スキルを持つ人がいて、いまのAさんの給料プラス50万円で雇えるのであれば、100万円アップを主張するAさんと合意する必要はありません。

会社側に「他の人を雇えばいい」という選択肢があれば、Aさんの立場は逆に弱くなるわけです。

つまり交渉とは、その交渉が決裂したとき、自分と相手側に、それぞれ他にどんな選択肢があるのか、その選択によって何が手に入るのかで決まるのです。

交渉が決裂してしまうより良い条件を相手に提示できれば、相手側はその提案を飲まざるをえなくなります。その逆に、交渉が決裂しても相手側はまったく痛くないのであれあば、勝負にならないわけです。


コモディティ」とは、バトナがない状態


というわけで、賃金交渉の場合のポイントは、いかに会社側と自分の選択肢、そしてバトナを正確に見極められるかにかかっているということになります。

労使交渉において、労働者側に他の選択肢がない場合、基本的に交渉にはなりません・

たとえば、自分が働いている会社の給料がいくら安くても、他の会社に転職できる見込みがないのであれば、そこで働き続けるしかない。

これは、自分の仕事において「バトナがない」という状態を意味します。他の選択肢がないので、バトナも存在するはずがありません。

もし給料がなくても数カ月は食べていけるだけの貯金があれば、転職先のあてがない状態で辞めてもなんとかなるかもしれません。しかし貯金が少ない人は、辞めたら即、路頭に迷ってしまう。だから、社長や上司がものすごく理不尽で、給料が少なくても、辞めるわけにはいかない。

こういう若い人は、いまの日本にすごくたくさんいます。

『僕は君たちに武器を配りたい』(講談社)という私が書いた本では、これから社会に出ようとする若者に向けて「コモディティ人材になるな!」というメッセージをくり返し述べました。

コモディティという言葉について簡単に説明すると、もともとコモディティは「日用品」を指す言葉でしたが、近年では、技術発展によりどのメーカーのどの製品を買ってもユーザーにとっては大差がなくなってしまった商品のことを「コモディティ化した」と呼ぶようになっています。

コモディティ化した商品はどれを買っても同じなので、それを作っているメーカーは、価格を安くすることでしか競争できません。ですから、どんどん利益が薄くなり、「売っても売っても儲からない」という事態に陥ります。

重要なのが、最近ではコモディティ化の波が商品だけでなく、人材にも押し寄せていることです。

コモディティ人材になる」ということはどういうことかといえば、「他にいくらでも替わりがいる」ということです。つまり、会社側にとって、あるいは市場にとって、その人を選ぶ理由がない、誰を採っても同じということになります。

だから、コモディティ人材のマーケット交渉に参加する個人は、最初から不利な立場に追い込まれます。誰でも同じですから、その仕事をゲットするのは「いちばん安い給料で働いてくれる人」ということになるわけです。

労働市場コモディティになるということは、バトナが見つけられない状態に追い込まれてしまうということと、ほとんど同じなのです。

人生というには選択の連続ですから、常により良いバトナを探して、確保しておくことが、自分の人生をより自由で豊かなものにするためにも必須なのです。