第1047冊目  小泉進次郎の話す力 [単行本(ソフトカバー)]佐藤綾子 (著)

小泉進次郎の話す力

小泉進次郎の話す力


具体的な名前と数字をあげて話す


二〇一〇年四月一七日/慶應義塾大学 日本語論語研究会

「今日はたまたま六大学野球で、ノーヒットノーランで竹内大助投手が初勝利をあげました」
「今日ここに来る前に、何か論語の本を読みたいなと思って書店でこれを買ったのです」といいながら、本を左手で持って上に上げます。「本のタイトルは『高校生が感動した「論語」』。そして、この著者が慶応高校で人気ナンバーワンの佐久協先生で、すでに発行部数が十万部突破というのですよ」
「一九八九年以来の、ノーヒットノーランでの勝利」


二〇一〇年七月五日/愛媛県新居浜市

「そのなかのたった一人が子ども手当てをもらっている。もらっている人はうれしいけれど、もらっていない人は面白くない。高速道路も同じように、高速道路は皆さんのなかの十人に一人が高速を利用しているとして、その一人の人が無料になったということは、それ以外の九人にも同じように負担してくださいということですよ」


「どうしてこうも記憶力がいいのだろう」と小泉進次郎氏の演説を聞いたほとんどの人は共通の評価をします。話のなかに出てくる固有名詞が正確であり、しかも、それは前もって自分がその名詞や数字を使うだろうということを知った時から、すでに綿密に予習が始まっています。

例えば、慶應義塾大学の日本論語研究会。二〇一〇年四月一七日、講師として招かれた時の演説に注目してみましょう。

こんな出だしです。「数ある講師のなかでも最も孔子についてしらない私です」。数人がくすくすと笑いました。「講師」と「孔子」の音のダブりもおかしかったのです。この場合、聞いている人たちは論語を研究している専門家ですから、彼としては自分を下に置いて、なるべく早い段階で信頼感をゲットする必要があります。

そこで、「慶応大学のキャンパスに来るのは、とてもうれしいです」と言うのです。もちろん小泉進次郎氏は慶應義塾大学出身ではんくて、二〇〇四年に関東学院大学経済学部を卒業しています。そして、高校時代は野球に熱中していました。そこで彼はこう言うのです。「慶応大学に試験で通ったことはないけれど、歩いて通るぐらいのこおてゃできるだろうと思って、今日、なかを通ってきてとてもうれしかった」と言うわけです。これはニコニコと満面の笑みで言います。

さて、ここで固有名詞登場です。「今日はたまたま六大学野球で、ノーヒットノーランで竹内大助投手が初勝利をあげました」。聞いている多くの慶応マンたちは、そうだ、そうだ、そのとおりと、正確に投手の名前、そして初勝利という事実が出てきたことをとてもうれしく感じたことでしょう。

さらに追い打ちをかけるように進次郎氏はこう言うのです。「今日ここに来る前に、何か論語の本を読みたいと思って書店でこれを買ったのです」と言いながら、本を左手で持って上にあげます。「本のタイトルは『高校生が感動した「論語』。そして、その著者が慶応高校で人気ナンバーワンの佐久協先生で、すでに発行部数が十万部突破というのですよ」。

先の竹内投手の初勝利の相手が東京大学だというので、聞いている人々はますます溜飲が下がります。学業が負けても野球じゃ勝つぞ。しかも、「一九八九年以来のノーヒットノーランでの勝利」と言うので、おお、彼は数字まで調べてある、とこうなるわけです。固有名詞と数字がピタピタと入ったところで、進次郎氏は完全にこの日本論語研究会という難しいプロフェッショナルな集団を自分の手のなかに収めたのです。信用できるやつだ、よく勉強している、というわけです。