第1034冊目 人の心をひらく技術 [単行本(ソフトカバー)]小松成美 (著)
- 作者: 小松成美
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2010/09/08
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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何か真剣に伝えたいことがある、どうしても聞きたいことがある――。そんな場合、私はあるトレーニングをします。それは、その思いや質問を紙に書いて読む練習をするのです。しかも必ず鏡の前で行います。鏡の前で練習するとますます力が培われます。私はインタビューの前には、今でもこの鏡練習を行ってから出かけます。
そうすると、鏡の前でしゃべる人(自分)が見えます。その自分を注意深く見つめるのです。自分はこんな顔をしているんだ、こういうふうに口が動いているんだ、笑うと相手にはこう見えるんだ、と、じつにいろいろなことが発見できます。鏡の中の自分は、話し相手にとっての自分ですから、気になることは注意して直していきましょう。
前述したように、会話では表情も大切ですから、笑顔の練習もします。緊張すれば顔の筋肉は硬直しますから、笑顔は精神的なコンディションと豊かな表情を意識する上で不可欠です。
鏡の前で話したり、笑ったり。ふと自分のやっていることを考えると恥ずかしくならないわけではありませんが、誰も見ていないのですし、このようなささやかな練習で会話力が磨かれるのですから、躊躇なく行ってください。
北京オリンピックで銀メダルを獲得したフェンシングの太田雄貴さんへのインタビューでも、インタビューメモを作成し、鏡の前で練習をして臨みました。フェンシングという競技には知らない専門用語が多く、またフェンシングの動作を言葉で伝えることも不慣れです。質問や知りたい技術について紙に書き出し、ある程度すらすらと言えるまで練習しました。
取材当日。本物の太田さんを前にすると北京オリンピックでの興奮が蘇り、私はインタビューメモを読むどころか、その思いを一気に言葉にしていました。
「私は子供の頃、アレクサンドル・デュマの『三銃士』が大好きでした。アトス、ポルトス、アラミスの活躍に心を躍らせ、中でも若いダルタニアンはヒーローでした。彼らの銃士としての戦いを文章を読んで想像していたんですよ。でも今、太田さんが現れ、あの剣で銀メダルを獲得した。ダルタニアンの戦いを見たような興奮に包まれていました。『日本のダルタニアン!』と、太田さんを応援していたんですよ」
それを聞いた彼は、身を乗り出して言いました。
「そうでしたか。じつが、僕は父にフェンシングをすすめられたんですが、父が始めた理由も、ダルタニアンに憧れたからなんですよ。高校時代にフェンシング選手だった父は、息子にもフェンシングをやらせたくて、僕に『スーパーファミコンを買ってやるから、フェンシングをやらないか』と言ったのです。それにまんまと引っかかってしまいました」
こうして会話が盛り上がったところで、私はインタビューメモに少しだけ目を落とし、彼の得意技や対戦した選手についての質問を始めます。完璧ではありませんでしたが、鏡トレーニングの効果が発揮されたのだと思います。
鏡トレーニングは決してあざといものではありません。思いを端的に伝えるにはどうしたらいいかを真剣に考えて行うものです。「こういうことを伝えたい、的確にわかるように伝えたい」という思いを胸に練習してください。アナウンサーのように正しい発声で話すことが目的ではありません。自分の言いたいことを自分の言葉で明瞭に伝える、意味がわかるように伝える、そのための行為です。
鏡トレーニングを繰り返していくと、誰にも気づくことがあります。声は顎を少し上げたほうが通るなとか、胸を張ったほうが話しやすいとか、人から自分がどう見えているかにも意識が届きます。さらに、話し声や笑い声のトーンまで工夫できるのです。