第904冊目  人を10分ひきつける話す力 [単行本]斎藤 孝 (著)

人を10分ひきつける話す力

人を10分ひきつける話す力

話す力で人間は評価される

話すことは、日常的にやっっているので、だれにでもある程度はできると思われている。

たしかに、たいていの人が三分間スピーチならもつだろう。しかし、「もつ」というのは、三分間程度ならば、どんなに退屈な内容をだらだら話しても、聞いている人も我慢できる時間だから、ということに過ぎない。

いざ、人をひきつける意味のあることを三分間話すとなると大変だ。五分間となると、これはだれでもできる技ではない。

実際に何人かの前で三分間、内容のなる話をしようとすると、自分が話せないという現実がよくわかる。話している途中で、言おうと思っていたことを忘れたり、意味が通じない話になってしまったりする。

話すときの語数は、文章量に換算すると一分間で四〇〇字一枚程度、五分間で約四〇〇字五〜六枚程度である。話すスピードにもよるが、人に聞いてもらうために、少しゆっくりと話すときの文字数だ。そのくらいであっても、意味があることを話そうと思うと難しい。

とくに、スピーチやプレゼンテーションとなると、大勢の人の前にさらされる状況なので、普通に話すときはまったく違う緊張感がある。五分間のスピーチを喜んでやる日本人は少ないのではないか。

結婚式などでスピーチを、と指名されると、それだけで緊張してしまい、何日も前から何を話そうかと考え、なかには前日に家族の前で練習したりする人もいる。

披露宴に出ても、自分のスピーチが終わるまでは緊張して食事ものどを通らない、食べても何を食べているのかわからない。そのくらい大勢の前で話すとなると、気持ちの負担が大きくなる。

パブリックな場で話すことは、仲間内のおしゃべりで三〜五分間話すととは別格に違うプレッシャーがかかる。

アメリカの大統領演説などでは、三〜五分のスピーチに膨大なエネルギーをかけている。もちろん、スピーチ原稿をつくるスタッフがいて仕上げているのだが、大統領も、きちんと主張すべきところは主張し、キーワードを入れて強調し、さらにジョークを交えておもしろく話す、というレベルまで練習をしている。

国内世論がスピーチをどう評価するか。また、世界各国が、それを判断するかで、世界情勢が大きく動くことも十分ある。それほど大きな意味を持つ。

もちろん、結婚式などのスピーチなら、失敗しても出席者たちから、からかわれるくらいですむ。

しかし、仕事の話となるとそうはいかない。「話す力」によって人間は評価される部分が大きい。他の能力が同じような場合は、話す力がある人のほうが評価される。

プレゼンテーションはもとより、会議での発言や短いスピーチでも、「あの人はできる、できない」という評価が必ずついてまわる。

人への影響力を持てるかどうかは、「話す力」によるところが大きい。大事なシーンで笑いがとれたり、ノリがよかったりする、俗に言う「話し上手」ではなく、「意味の含有率」の高い話ができるかどうか、大きなポイントになるのだ。