第885冊目 聞く力―心をひらく35のヒント (文春新書) [新書]阿川 佐和子 (著)
- 作者: 阿川佐和子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/01/20
- メディア: 新書
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相づちの極意
臨床心理学者の河合隼雄さんにお話を伺ったときは、人の話を「聞く」ことの大切さを改めて認識させられました。
河合さんは文化庁長官も経験なさいましたが、基本的には「セラピスト」のような仕事が五本業。心にさまざまな傷を抱えるたくさんの方々のカクンセリングをしておいででした。そこで私はさっそく、
「患者さんに、どんなアドバイスをなさるのですか」
と伺いました。すると、河合さん、
「アドバイスは、いっさいしません」
え、アドバイスはしないの? 意外でした。じゃ、カウンセラーは何をするのかしら。
「僕はね、ただ相手の話を聞くだけ。聞いて、うんうん、つらかったねえ、そうかそうか、それで? って、相づちを打ったり、話を促したりするだけ」とおっしゃる。
「どうしてアドバイスをなさらないんですか」
それには理由がありました。
かつて河合さんはある若者の悩みを聞いて、それに対して、「こうしたらどうだろう」という提案をなさったことがあるそうです。若者は素直に河合さんのアドバイスを受け入れて、その後、実行した。それからしばらくのち、若者は再び河合さんのところに訪ねてきて、
「だいぶ元気になりました。先生のアドバイスのおかげです」
よかったよかった。じゃ、また何か心配なことが起こったら、いつでも相談にいらっしゃい。河合さんは安堵して若者を見送ったのですが、さらにしばらくのち、若者が河合さんのところへ、今度は怒ってやってきた。
「先生の言う通りにしたら、ひどいことになった。どうしてくれる」と。
「つまり、他人のアドバイスが有効に働いたときはいいのですが、何かがうまくいかなくなったとき、そのアドバイスが間違っていたのだと思い込んでしまう。すべての不幸をアドバイスのせいにして、他の原因を探さなくなってしまうのです」
カウンセラーの責任逃れのように聞こえてしまうかもしれませんが、そうではない。本当に心の病を治そうとするならば、地道にその原因となるものを探し出さなければならない。にもかかわらず、他人の指示に頼ってしまうと、うまくいかないのは全部、そこに原因がある、こうしろと言ったアイツのせいだと勘違いしてしまう恐れがあるのです。だから僕はアドバイスをしない。病気の治療には役立たないからですと、河合さんはそんなふうにおっしゃいました。