第471冊目 記憶する力忘れない力 立川談四楼/〔著〕

記憶する力 忘れない力 (講談社+α新書)

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  • 声に出せ、音で覚えろ

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付き人一年間で、談志は五席の落語をケイコしてくれました。そして、そのすべてを『弟子の会』で発表したのですが、絶えず談志が言い続けていたことがあります。


「声に出せ、音で覚えろ」


これは何度も言われました。頭の中でケイコするなということです。しかし、どこでも高座のような声を出すわけにはいきません。それでも小さくてもいいのから声を出せという教えなのです。


不思議なことに、頭の中で反芻するだけでは記憶としてなかなか残りません。声に出し、自らの声を聞くことによって記憶が蓄積していくのです。


アパートはもちろん、すべてがケイコ場でしたね。そりゃ落ち着けるアパートが一番ですが、付き人の身ですからそうもいきません。他のケイコでは、テンポが合う気か歩きながらかよく頭に入りましたね。駅三つ、一時間ぐらいは平気で歩いたものです。電車賃も浮きますから、これは一挙両得でした。因みに一時間で前座噺を三回から四回ケイコできます。


電車の中もケイコ場です。大きな声こそ出せませんが、出手線の端っこの席でよくブツブツやりました。三周もすると三時間、ヘトヘトになるまでケイコしたもでのす。声は小さいのですが、上下はきちんと振ります。そこが不審なのでしょう。隣の人がよく席を立ちました。しかしメゲません。隣の席があけば、少しだけ声量を上げられるのです。


前座仲間は省察に通報されました。彼は私以上に覚えられないタイプで、それを克服しようとケイコの鬼になりました。アパートで朝ケイコし、駅までの時間も惜しみブツブツやるのです。で、「毎朝家の前をブツブツ言いながら通る怪しい男がいる」と、通報されてしまったのです。


落語家なら誰もがそうなエピソードの一つや二つは持っています。そして、それは前座時代に集中するのです。やはり覚える技術、記憶術をまだ会得していないのですね。コツがわからないからリフレインするしかないのです。声に出し何度も何度も噺り、頭というより体に刻み込ませるのです。夢中になるとつい周囲への配慮を忘れてしまうんですね。



「反復だ。リフレインだ。高座で他のことを考えていても口からセリフがよどみなく出てくるくらいケイコしろ。夢の中でも落語をやるぐらいにならなきゃダメだ」
立川談志

「あのね、大きい声の人は小さい声が出せるんだ。ところが、普段声の小さい人は、いざやるとなると大きい声が出せないものなんだよ。小さい声でボソボソやると、聞きようによっちゃ上手く聞こえて、それがまた曲者でね、大概そういう人は小さくまとまっちまうものなんだ。今のまんまでいい、大きな声でおやり」立川談志



明きからに私より技量の落ちる司会者が重宝されていることに疑問を持ちました。なぜ彼に仕事が多いのかと注意を払って見てますと、彼は支配人からボーイさんに至るまで万遍なく気を遣っているのですね。つまりヨイショです。


目からウロコです。「そうか、それが仕事というものなのか」と感じ入ったのです。一つの披露宴をオヒラキにするには大勢の人が動きます。その人たちの協力なしでは披露宴は立ちゆかないのです。彼はそのことがよくわかっていて、世間話やヨイショをすることよって味方をつくっていたのです。



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  • 今日の名言

「ちょっとした心がけ一つで、この世全体が少しでも幸福になる。一人ぼっちの人や意気消沈している人を見かけたら、その場で二言三言やさしい言葉をかけてあげよう。たぶん明日になれば、そんな親切をしたことは忘れてしまうだろう。だが親切にされた者は、あなたの言葉を一生胸に抱き続けるだろう」――デール・カーネギー

第1章 暗記しやすい人、しにくい人(“覚え上手”は案外大成しない
噺家見習い・立川寸志誕生 ほか)
第2章 前座(新人)はまず真似なさい(楽屋仕事が認められる第一歩
古参の前座が教えてくれたこと ほか)
第3章 二つ目(中堅)は状況も覚えなさい(二つ目は自力で生きねばならない
的確なヨイショで味方を作る ほか)
第4章 真打(ベテラン)は広い視野で物事を見なさい(立川流昇進には唄と踊りも必要
仕事に幅を持たせる厚み ほか)
第5章 記憶力vs.忘却力(芝居から学んだ知識の使い方
人の脳の容量は決まっている ほか)

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