第2841冊目 私の財産告白 本多 静六 (著)


私の財産告白

私の財産告白

  • 誠意とテクニック

対人問題のすべては、まずお互いの誠心誠意が基調にならなければならぬのはいうまでもない。しかし、そこには常に多少のテクニックも必要である。とくに上手に人を使うには、その辺のコツがいろいろと大切なものである。以下、かつて私が、「師長としての心得」として気付き、かつ多少とも自ら実行につとめてきたところを、二、三述べてみよう。



まず人の長となって、第一に注意しなければならぬことは、自分の知識や経験を事ごとに振り回さないことである。長官とか、社長とか、また何々の局長、部長などになった人が、自らの知識や経験をあまりに振り回しすぎると、部下のものは「大将がああいうから、そうしておこうじゃないか」と、何もかもそれにのみ頼ることになり自然と立案工夫の努力を欠くに至るばかりでなく、すべての責任までオヤジに転嫁する気持ちにさせ、はなはだしく、その局部内を、イージーゴーイングな、活気のない、だれ切ったものにしてしまうおそれがある。


上長が部下に対し、責任はわしが負う。しかし仕事は君らに一任する。なんでも思う存分やりたまえ、というふうに出ると、かえって彼ら自身に責任を感じ、自発的にいろいろ創意をこらすばかりでなく、大事な処は大事を取って、いちいち相談を持ちかけてくる。したがって何事にも大過はない。しかもみんなは、それを「自分の仕事」としていっそう打ちこんでかかるのだから、かえって、その官庁なり会社なりの仕事は、活気に満ち、能率も大いに上がってくるものである。


人をよく使うには、その人の性格(長所と短所)をよく飲み込まねばならない。大勢の部下があると、なかなかその姓名さえ存分に覚えにくいものであるが、正しく、早く、その名前を覚えると同様に、その人物についても巨細に知悉するところがなければならない。


人間はだれしも、もって生まれた特長がある。それゆえ、上長たるものは、部下についてその特長を発見するにつとめ、機会あるごとにまずその長所を褒め、しかるのち、ホンの添え物程度に、もし欠点があれば、その欠点を指摘し、矯正するように注意してやることである。上役が自分の長所を認めてくれると知れば、だれしもわるい気持ちのしないのが人情である。その部下はどんなにも、日常の仕事に張り合いを感ずるか知れない。そうして、それとなく注意せられた欠点の矯正にも、素直な受け入れ方をして、本気に努力するものである。