第2699冊目 FBI捜査官が教える「第一印象」の心理学 ジョー・ナヴァロ (著), トニ・シアラ・ポインター (著), 西田 美緒子 (翻訳)


FBI捜査官が教える「第一印象」の心理学

FBI捜査官が教える「第一印象」の心理学

  • 地方の一弁護士が知っていたこと


エドワード・エヴァレットの名を聞いたことがあるだろうか? 知らない人のほうが多いにちがいない――ハーバード大学の学長を務め、駐英特命全権公使に任ぜられ、アメリカ屈指の雄弁家として知られた人物だ。エヴァレットは世を去る数年前、非常に大切で厳粛な場に立って、人生で最も大切な演説をするよう依頼された。その集まりの目的は、アメリカ史上最大の苦しみと犠牲を生んだ出来事に敬意を払い、当時の国民が身を投じていた悲惨で大規模な戦争の中にその出来事をしっかり位置づけることにあった。エドワード・エヴァレットは、何日間も会場に詰めかけていた聴衆の前で、二時間以上(正確には二時間八分のあいだ)話し続けた。その演説は、どこをとっても、この天才雄弁家への大きな期待に恥じないものだった。だが残念なことに、彼の名前と同じく、その演説は誰の記憶にもまったくなく、ほんの一言さえ、残っていない。


エヴァレットが話し終わると、次の人物が紹介された。そしてその人物の演説は、今もなお人々の記憶に残っている。三分にも満たない短い時間で、その出来事の複雑さと数万人にのぼる犠牲者とをたったの二七二語――わずか一〇の簡潔な文――に凝縮した演説だった。あまりにも短かったので、居合わせたカメラマンもカメラの準備が間に合わず、演説中の写真は一枚も残されていない。だがその言葉は今も生き続け、私たちの心に響いている。「八七年前……」という意表をつく出だしで、聴衆はいやでも考えされられ、引き込まれた。


瞬間の空気をとらえたのは、二時間に及ぶ雄弁な演説ではなく、この二七二語、つまり国立戦没者墓地奉献式でのリンカーンゲティスバーグ演説だった。この演説は簡潔でありながら、民主主義という概念のために大勢の人々が払った多大な犠牲を伝える卓越した力を持っていることで、世界中の人々に知られている。この演説が放っているたぐいまれな輝きは、陪審員に訴えるために法律の世界で鍛え抜かれた鋭い知性から生まれた。だからこそ、この場で耳を傾けていた聴衆と不安を抱えた国民の心にしっかり届いたのだ。リンカーンは、情報が多ければよいとは限らないことを心得ていた。人々が簡潔さを好むこと、短いメッセージは強烈な印象を残し、聞く人の心に長く刻まれることも自覚していた。