第2271目 成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール ダグ・レモフ (著), エリカ・ウールウェイ (著), ケイティ・イェッツイ (著)


成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

  • 練習を思い込みをなくそう


まず、子供のスポーツの練習を見てみよう。さわやかなある日の午後、芝生の一画で9歳のサッカー選手たちが活発に動きまわっている。反復練習の内容は次のようなものだs。1列に並べたコーンのあいだを縫うようにドリブルで走りぬけ、ベンチの一方の端からボールを蹴って下を通し、反対の端で受け取る。それを終えたら、四角形に並べたコーンのなかに移動し、ボールを両足のあいだですばやく10往復させる。次にまた別の並べているコーンのなかに走っていき、両足で交互にボールの上にタッチする。そして最後にドリブルし、ゴールにシュートして締めくくる。一見すると、これは一流の反復練習に思える。つねに動いているし、バリエーションもあり、数えきれないほどのスキル上達の機会になる。忙しい働きバチのようだ。だがよく見てみると、選手たちのこの反復練習は上達にはつながらないかもしれない。忙しいだけでは不十分なのだ。


たとえば、両足のあいだでボールを往復させる練習。最初にコーチが指摘するとおり、これを正しくやるには両膝をわずかに曲げるのがポイントだ。にもかからわず、多くの選手は膝を曲げないまま終えている。うまく往復させているようにも見えるが、実際ににはまちがった練習をしていて、くり返すたびに膝を柔らかく動かすのではなく、まっすぐ伸ばしているほうがうまくなってしまい、結果としてゴールはどんどん遠ざかっていく。こうした反復練習に含まれるあらゆるスキルを、選手たちがまちがったやり方で習得したらどうなるだろう。足首を固定せずにシュートしたり、ドリブルのときにボールを遠ざけたり……これは練習だろうか? イエス。だが成果は? あまりない。


もちろんいま説明した練習もそれほど悪いものではないが、はるかにうまくなれる可能性がある。組織やそのなかの個人を並はずれてよくするには、たんに「よい」練習や能力開発では足りない。まだ、「よい」練習の質を少し上げたところで、並はずれてすぐれた組織にはならない。1分1秒の生産性をいまよりはるかに高めた「すばらしい」練習をする必要があるのだ。幸い「すばらしい」は「よい」からさほど離れていないことが多いし、ほんの小さな変更が人々を急激に成長させることもある。


マイケル・ゴールドスタインは、このアイデアを教員の訓練に当てはめている。あるインタビューで、質の高い少なめの練習のほうが、質の低い多めの練習より好ましい結果をもたらしうると指摘し、「たんに生徒に教えたり、教育助手を務めたりしている新米教師は、まちがいをくり返しているおそれがある」と言っている。訓練によって実践的な学習がふつうの5分の1のコストでできたら(または、同じコストで5倍の学習ができたら)、教育分野にとってどれほどの利益になるだろう、とゴールドスタインは問いかける。無駄になる努力についても想像してもらいたい。たとえば、教師を実地訓練に送りこんだはいいものの、何をどうやるかについて指示も監督も不十分で、フィードバックや助言もあまりない。訓練コストは膨大だが、見たところあまり効果はなさそうだったら? 医師や弁護士、そして何千というほかの職業の訓練にも同じようなことが言えないだろうか。