第2164冊目 成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール ダグ・レモフ (著), エリカ・ウールウェイ (著), ケイティ・イェッツイ (著)


成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

成功する練習の法則―最高の成果を引き出す42のルール

  • フィードバックの重要性


外科医であり文筆家のアトゥール・ガワンデの体験について考えてみよう。最近のニューヨーカー誌の記事に、彼の個人的なプロジェクトが掲載された。外科医としてどのくらい向上できるかというプロジェクトだ。ガワンデはこう書いている。「外科医になって8年たった。この数年、手術室での私の技量は安定期に入った。いいことだと思いたい――プロとしてのピークに達したのだから。だが、それではまるで上達するのをやめてしまったようなものだ」。


彼が出した結論は、執刀を観察してフィードバックをしてくれるコーチを雇うことだった。「プロのアスリートは自分の頂点を究めるために、コーチを活用する。医師はそんなことはしない。以前、私は(テニスの)サーブを見てもらうために、大学を出たばかりの若者を雇った。ならば誰かを雇って手術室に入ってもらい、私の技術を指導してもらうのは、それほどおかしな考えではない」。しかし、ガワンデの決心は人々の疑念と不安を呼び起こした。練習は新米か技術習得中の医師だけがするという社会の偏見があらわになったのだ。手術室の奧に立つコーチの姿を見た患者や同僚は、ガワンデに足りない点があるにちがいないと思いこむ。でなければ、コーチが必要なはずはないと。


じつのところ、自分の仕事を見直し、磨きをかけるためにコーチを活用したガワンデは劇的に上達した。彼のコーチになったオスティーン医師は、たとえば次のような細かい点を指摘した。


オスティーンは、肘にもっと気をつけるようにと言った。手術中、何度か私の右肘が肩までときにはそれより高く上がっているのに注目したのだ。「肘を上げると精度が狂ってしまう」とオスティーンは言った。外科医は肘の力を抜いて体の脇におろしていなければならない。「肘を上げたくなったら、立つ場所を変えるか」――つまり、まちがった場所に立っているということだ――「器具を変える必要がある」。


もちろんこの助言は役に立つが、複雑な手術中にそのことを思い出さなければならないという問題があった。それによって集中の糸が切れてしまうし、変更を本番中におこなうことになる。一般的に、新しい技術を取り入れるときには、上達するまえに技量が少し落ちる。「導入時の落ちこみ」がある。ガワンデの場合も、初めのうち肘を下げようとすることで、技量が落ちてしまうかもしれない。本物の患者の手術でそのようなリスクを冒してもいいのだろうか。


もしガワンデとコーチが、肘を下げたまま手術する「反復練習」をおこなっていたらどうだろう。1時間ほどで体は覚えるだろうし、コーチの助言を効果的に、低いリスクで実現できたかもしれない。ガワンデの謙虚さと向上心は比類ないが、にもかかわらず、助言を最大限に活かす練習をすることは検討されなかった。


「練習」は上達を後押しするとともに、つねに上達をめざす文化を創り出す可能性も秘めている。教師や外科医にように、それをまだ活用していない分野はどのくらいあるだろう。ある弁護士が、部下の弁護士とクラインととの打ち合わせに立ち会っているとしよう。観察しているうちに(ガワンデのコーチのように)すばらしい面と改善すべき面が見えてくる。その職場がコーチングやフィードバックや練習を奨励していて、打ち合わせのあと、部下にフィードバックができる環境なら、こんあふうに助言するかもしれない。「もっと質問をするといいよ。いまよりずっと多く。そうすればこの案件の詳細が理解できるから……」そして、質問すべきだったポイントはどこだったか、部下と細かく話し合う。部下は次の打ち合わせで、もっと質問すべきだということを思い出すかもしれない。そうなれば改善だが、ことによると思い出さないかもしれない。さらにその打ち合わせが非常に重要か、急を要するとしたら? まちがえるリスクは冒せないとしたら? 


それより、あらかじめ部下とロールプレイをして部下の強みと弱みを見きわめ、もっとたくさん質問する練習をしたら、どれほどいい結果が出るだろう。より多くの質問をするだけでなく、クライアントを安心させて最良の情報を引き出せるような、よりよい質問が自然に出るようになるまで、くり返し練習するのだ。そして最終的に、部下ひとりではなく、ほかの弁護士も何人か集めて、クライアント・ミーティングの練習をおこなう。互いに学び合って、ひとりぶんの教育コスト、リソース、時間で、全員のスキルが向上するかもしれない。観察し合ってそれぞれの強みと弱みから学べば、おそらくひとりだけのときより上達するはずだ。