第2078冊目 カリスマは誰でもなれる オリビア・フォックス・カバン (著), 矢羽野 薫 (翻訳)


カリスマは誰でもなれる (ノンフィクション単行本)

カリスマは誰でもなれる (ノンフィクション単行本)

  • 現実を書き換える


月曜日、午前8時。あなたは車で高速道路を走り、大切な会議に向かっている。あなたの将来を変えるかもしれないプレゼンテーションまで、あと30分。そのとき突然、黒い大型車が車線から目の前に割り込んできた。あなたはハンドルを両手で握り締め、ブレーキを踏んだ。心臓がドキドキしている。黒い車はウインカーを出さなかったどころか、でたらめにスピードを上げたり落としたりして、あなたは危うく衝突しそうになった。車はさらに隣の車線に割り込み、横を走る車のタイヤが甲高い音をたてた。愚かな命知らず! 怒りがあなたの全身を駆け巡る。


このとき、あなたの体の中では闘争・逃走反応によって心拍数が上がり、筋肉がこわばってストレスホルモンがどっと放出される。ストレス戸怒りがあふれんばかりだ。大切なプレゼンまでに精神的にも肉体的にもカリスマ的な状態に戻らなければならないとわかっているが、もう時間はほとんどない。しかも、あの愚かな運転手のことが忘れられない……。


いったん闘争・逃走反応が起きると、鎮めるのは大変だ。怒りという感情は、なかなか追い出せない。朝の運転中に経験した不愉快な出来事は何時間も頭から離れず、ときにも一日中つきまとう。


怒りを単純に抑えようとすると、その代償は大きい。否定的な感情に引き込まれてから、否定的な感情を抑制しろと言われても、否定的な経験そのものは何も変わらず、脳内や循環器系のストレス反応は高いまま維持されることが多い。


しかし、あの命知らずの運転手が実は狼狽している母親で、後部座席でむせている赤ん坊に手を伸ばしながら、路肩に車を寄せようとしていたとわかったらどうだろう。


あなたの怒りはすぐに和らぐだろうか。


ほとんどの人は和らぐだろう。


すぐ起きたことについて意識的に考え方を変えると、脳のストレスレベルを効果的に減らすことができる。スタンフォード大学の研究者がfMRIを使って行った実験によると、認知的再評価のプロセスは、否定的な感情を抑圧したり無視したりするよりはるかに有効かつ健全な解決策となる。


ほとんどの場合、他人がある行動を取った動機は明確にはわからないので、私たちは自分にとっても最も有益な説明を選んでもかまわない。カリスマにふさわしい精神状態を維持できるような解釈で、否定的な経験を再構築すればいい。


突飛なやり方だと思えるかもしれないが、現実に対する認識を自分なりに書き換えることは、実は合理的で賢いやり方だ。現実を再評価することによって、カリスマ的なボディランゲージを発信するのにふさわしい精神状態に戻り、パフォーマンスも向上するだろう。


このように現実を書き換えるテクニックを私が最初に学んだのは、ビジネススクールだった。以来、素晴らしい恩恵を受けてきた。コロンビアの首都ボゴタでこのテクニックの力強さを実感した経験は、今も折りに触れて思い出す。


明け方の4時になっても私は寝つけなかった。不安で胸がいっぱいだった。数時間後には、ある多国籍企業の300人のシニアエグゼクティブの前の前に立つ。私に講演を依頼したCEOは、自社の幹部が講演を聞いて、考えかが変わるだけでなく実用的なツールを手に入れることを期待していた。1時間半で300人の自信と影響力と説得力を高め、周囲を鼓舞するツールを伝授しなければならない。しかもスペイン語で、私は大きなプレッシャーを感じていた。


数時間前から何回も寝返りを打ち、ベッドから出て部屋の中をうろうろして、窓から街の明かりを見つめたりしていた。吐き気がして、疲れ果てて、感情的に消耗していた。胸騒ぎがして、このまま朝まで眠れないのだろうかとうんざりしていた。


そのときふと、現実を書き換えるエクササイズを思い出した。取ってつけたような現実逃避にも思えたが、そのときの私はやれることはすべてやった後で、試した失敗しても失うものはなかった。そこでライティングデスクの前に座り、ペンと紙を用意して自分に問いかけた――この不運で不愉快な経験が、実は理想的な経験だとしたら? 大切な仕事の前夜に不眠と吐き気に悩まされていることを、どうすれば自分にとって完ぺきで理想的な経験に変えられるだろうか。


数分ほど考えて、答えが浮かんできた。私は次のように書きとめた。「明日は何とかうまくやれるだろう。睡眠不足で外国語を使わなくてはいけなくても、問題はない。そう思えることが、いつかもっと重要な仕事に直面したときに、大きな力を発揮するだろう。そのときは、今こうして乗りきろうとしている不愉快な経験に、私は感謝するだろう」


最初は自分でも妄想にすぎないと思った。しかし、こうした思いを書きとめながら(書く行為が重要な理由は、あとで説明する)、心の中で小さな窓が開いた。私の今回の不幸な経験について良い面を思いつくかぎり並べた。自分がどんなことを話し、聴衆はどんな表情をして、どんなタイミングでうなずいたり笑ったりするか。新しい現実をできるだけ詳細に、感覚も豊かに交えながら描写した。新しい現実のリストが長くなるにつれて、不安が安らぐのを感じた。最後には平穏な気持ちが眠気に変わり、ベッドに潜り込んで、1時間足らずではあったが眠りに落ちた。


私が想像した「理想的な現実」は少々妄想が混じってありえないと思えたが、あらゆる意味で実現した。講演は大成功で、シニアエグゼクティブたちは夢中になり、CEOも大喜びだった。私は今でも、重要な講演を前にして、完ぺきとは程遠い状況が心配になりはじめると、自分に言い聞かせる――ボゴタを思い出せ。