第2071冊目 カリスマは誰でもなれる  オリビア・フォックス・カバン (著), 矢羽野 薫 (翻訳)


カリスマは誰でもなれる (ノンフィクション単行本)

カリスマは誰でもなれる (ノンフィクション単行本)


長年連れ添った夫婦の顔が似てくる例を、あなたも見たことがあるかもしれない。長い時間をともに過ごすと、互いのボディランゲージを真似るようになることは、研究から十分に裏づけられている。ここで言うボディランゲージには、顔の表情も含まれるだろう。顔の同じ筋肉を繰り返し使っていると、顔の造作が似てくるのかもしれない。


このように他人のボディランゲージを真似る傾向は「大脳辺縁系共鳴」と呼ばれるもので、脳の回路に組み込まれている。大脳辺縁系共鳴は、「オシレーター」と呼ばれる特定のニューロンの反応による。このニューロンは、体の動き方と動くタイミングを調整して連動される。ダニエル・ゴールマンは、ハーバード・ビジネス・レビュー誌で、2人の熟練したチェリストが合奏するときの生理的な変化を解説している。2人の奏でる音が調和するだけでなく、オシレータの働きで、右脳の働きが左脳に比べてより緊密に調和していた。


他人のボディランゲージを真似ると、信頼と親密さを築きやすい。このテクニックは「ミラーリング」「ミミッキング」と呼ばれ、カリスマのある多くの人が本能的に行っていることを、意識的に行うというものだ。


ボディランゲージを意識的に真似する際は、信頼と好意の本能が働く。したがって、人の心を開かせるテクニックとしても役に立つ。ある元政治ジャーナリストは、インタビュー取材ではミラーリングがとても効果的だったと語る。「相手が共有しようという気持ちになり」、本能的にもっと多くの情報を提供してくれるのだ。


世界各地の研究によれば、ボディランゲージを真似るミラーリングは、相手に自分が落としたものを拾わせたり、自分の商品を買わせたり、自分に有利な契約を結んだりするように導くこともできる。自分をより魅力的だと思わせることもできるという。


次に誰かと話をする機会に、相手にジェスチャーや体勢をミラーリングしてみよう。頭の高さ、足の開き方、体重移動のタイミング。相手が左手を動かしたら、あなたは右手を動かす。声の速さやピッチ、イントネーションも真似する。


人は誰かとやりとりをしている最中も自分のことに集中しているので、大げさにやりすぎなければ、ミラーリングをしていることは基本的に気づかれないだろう。とはいえ、気づかれにくくするコツがいくつかある。

  • 真似するものを選ぶ 自分にとって自然に思えるものだけを真似る。たとえば、性別に特有のしぐさだけを選ぶ。
  • 大きさを変える 相手が大きなしぐさをしたら、小さなしぐさで真似る。
  • 時間差をつける 数秒遅れて真似をする。


私は、他人の人生を良くするために自分の人生をささげている偉大な人物のコーチングをするという名誉な経験をしてきた。なかでも私にとって最高のクライアントの1人が、「起業家のための平和部隊」の創設を目指す非営利団体ニュー・スカラーズを共同設立したダリウスだ。


ある朝、ケニアのナイロビで、ダリウスはアフリカ最大の起業家ネットワークの責任者のもとに出向いた。自分の若い組織と業界の大物との関係を固めるための、1回勝負のチャンスだった。そしてダリウスは、ミラーリングのテクニックを試す格好の機会だと考えた。


到着すると、組織の幹部のジョージに出迎えられました。私たちは会議室に通され、お茶を飲みながら雑談をしました。私はジョージに注目しました。手^ブルの向かい側に座っている彼は、脚を組んで身を乗り出しています。私は少しずつ、彼と似たような体勢を取りました。すると、顕著な効果があわられました。ジョージの気分が高揚し、早口になって、会話に熱中するようになったのです。私も彼の興奮とペースに合わせましたが、とても自然で簡単にできました。


まもなく責任者のナサンが現れました。彼が入ってきた瞬間に、部屋の中のエネルギーが変わるのを感じました。私はそわそわして、緊張してきました。ナサンはテーブルから離れて座り、椅子に深くもたれ、ジョージとは異なるかたちで脚を組みました。そこで、今度は少しずつナサンの真似をしたのです。テーブルから少し離れ、椅子の背にもたれ、脚を組みなおしました。


ナサンはゆっくり、慎重にしゃべるので、私もそれに合わせました。彼がときどき両手を振って重要な話を強調すると、それも真似しました。やがて彼は横を向き、片手を伸ばしてテーブルに乗せました。


私が話す番が来たので、体を少しだけ動かし、片手をテーブルに置いて横を向きました。ナサンの動きを真似ていたのですが、自分にとって自然な動きだと思えました。ナサンは明らかに私の行動に気がついていませんでした。私はミラーリングをしているうちに、その場の雰囲気に馴染んで落ち着きました。


話が盛り上がったところで、私はナサンに、今回の提携をどう思っていますかと訊きました。彼は立ち上がり、私たちのほうを向いて、要所でテーブルを力強くたたきながら話しはじめました。私はがっかりしました。彼の意見は、私たちの期待とはかけ離れていたのです。それでも私は口を挟まず、話を最後まで聞きました。そして私の番になると、立ち上がって彼のほうを向き、「私たちはこう思っています」と切り出しました。重要なところでは、ナサンと同じようにテーブルをたたきました。


すると驚くような展開になりました。ナサンが立ち上がり、部屋を見回して、私たちの要望にすべて同意したのです。まったく期待していなかったことまで実現しました。信じられなかった。今でも信じられません。すべてがミラーリングのおかげかどうかはわかりませんが、最初から最後まで、あんな打ち合わせは初めて経験しました。何もかも希望どおりになって、何ひとつあきらめなくて済んだのです。私たちにとって最も重要な契約となりました。


ダリウスの経験からわかるように、ボディランゲージを真似するだけで親密な信頼関係を築けることも多く、こちらの意見に賛成させることさえできる。さらに、ミラーリングは、悪い第一印象を覆すのに役立つ数少ないテクニックの1つでもある。しかも、きわめて効果的だ。実は私も、ミラーリングのコーチをしていながら、相手が私にこのテクニックを使っていることに気がついても、その効果にあらがえないときがある。


では、否定的なボディランゲージでもミラーリングしてかまわないのだろうか。それは状況による。たとえば、最初は否定的なボディランゲージを真似しながら、肯定的な方向に少しずつ誘導することもできる。


同僚があなたのオフィスに来たとしよう。彼女は明らかに動揺している。開いていたドアをおそるおそるノックして、入ってもいいかと尋ねた。中に入ってからも、足取りがためらっている。何があったのかと訊くと、彼女は不安そうにうつむき、言葉が見つからないようだった。


ここでミラーリングを利用すれば、親密な雰囲気をつくりやすくなる。まず、彼女の体勢を注意深く観察する。座り方、手の組み方、肩の動き。そして、少しずつ彼女と同じ体勢になる。さらに、彼女のリズムを探す。繰り返しうなずく、膝をたたく、ボタンをいじるなど、リズムのあるしぐさを見つけたら、それも大まかに真似る。もちろん、声の調子も合わせ、彼女と同じテンポや大きさでしゃべる。


真似をする体勢やしぐさが固まったら、そのまま彼女の話を聞く。話を聞いているあいだはできるだけ長く、彼女のボディランゲージを真似ること。あなたが話す番が来たら、声や顔、視線を通じて、誠意と気遣いと思いやりを会話に吹き込む。しゃべりながら少しずつ体勢を変え、リラックスして落ち着いた体勢になり、自信のある雰囲気を出していく。彼女がそれを真似する可能性は十分にあろうだろう


相手が励ましたもらいたいときや、神経質になっているとき、おびえて不安そうなとき、気まずさを感じているとき、やや殻に閉じこもりがちなときは、このように真似をしてから誘導する戦略が効果を発揮する。そうした感情を抱いている人のボディランゲージを真似すると、あなたとのあいだに安心と信頼が築かれ、感情の殻から少しずつ彼らを引き出すことができる。ただし、相手のボディランゲージを無理に変えようとしすぎてもよくない。


一方で、ボディランゲージを真似したくない状況もあるだろう。相手の体勢に怒りや自己防衛を感じるときは、真似をしても緊張が高まるだけだ。たとえば、あなたの要望を却下した部長と向かい合っているとしよう。彼はいわば防御の体勢で、腕と脚を組んで椅子にもたれ、こぶしを握っている。この場合は彼の真似をするのではなく、紙とペンを差し出すなど、相手の体勢を崩したほうがいい。部長が新しい体勢を取ったら、話題を変えたり新しい情報を提供したりして気を引きつつ、体勢を真似して親密な信頼関係を築く。


先に説明したとおり、体は心に影響を及ぼす。この生理と心理の関係があるからこそ、怒りや強情さ、自己防衛を示している人のボディランゲージを変えてから、考え方を変えるという順番が重要なのだ。体が特定の感情を表しているままで、心を変えることはほとんど不可能だ。